グロテスクの対位法 --アラン・プラテル・バレエ団の「バッハと憂き世」について-

 暗いままのステージに、バッハの合唱曲の録音が流されて、作品が始まる。その曲が終わるとともに、大きな送風機の立てるノイズが響きわたり、それと共に照明に浮かび上がるステージはビルの屋上を模したかのような場所だ。そこに、まるでなじみの場所にふらっと舞い戻って来たかのように様々な人種のパフォーマー達が一人一人登場し舞台にそれぞれの位置を占めて行く。いつしか、舞台の奥では、数名の人々が何かの装置にボーリング玉をセットしていたりする。その前では、さりげなく舞台の中央に歩み出たパフォーマーが新体操のリボンを使った演技を何の気無しに披露し、去って行ったりもする。上手の奥には屋上に設置されたプレハブ立ての小屋のような建物がセットに組まれていて、その中にはバッハの曲を演奏する小編成の奏者達が席を占める。カンタータやアリアを歌う歌手達もその辺りに集まってくる。
 そんな仕方で、導入的な場面にパフォーマーや音楽家達が出そろった頃に、最初に目を引くのは、高い位置から落としたボーリング玉を腹に受けとめる芸だ。口上と共に、はじめブロックにボーリング玉が落とされ、それが壊れる所が示される。そのあと、ヘルメットを被った男が、数発の打撃を受けとめてみせる。作品が展開しはじめるのは、そんな、なんの優雅さもない粗野な「見せ物」からだ。
 ボーリング芸の後、今度は舞台の中央に歩み出た男がふと立ち止まる。そして片足を垂直に上げる。とても柔軟でみじんの揺るぎもなく、何の苦労もしていないかのようだ。これも一種の身体芸を披露しているのか、と思うと、傍らから近寄った別の男が片足立ちの男に手を伸ばし、ちょっと触れる。と、片足立ちしたままの姿勢ですとんと床に倒れてしまう。客席からは、歓声とも悲鳴ともつかない声があがった。普通だったら怪我をしてしまいそうな状況だ。しかし、そこからおもむろに始まるのは、体の柔軟さを最大限に活用したダンスだ。床の上に張り付くように体を伸ばしたりしながら、しかし訓練の成果を誇示するような嫌みな感じは無い。他の誰にも踊れないだろう、華麗なダンスだった。器楽的な超絶技巧を要するアリアを難なく歌いきったという風情だ。

 一見すると「バッハと憂き世」という作品は、取り留めもない場面の羅列の様にも見える。ほとんどの場面でバッハの曲が生演奏されているのだが、歌にあわせて踊ったダンサーが歌手に歩み寄り、握手する場面もある。ダンスにあわせて、横這いになったパフォーマーの腹が踏みつけにされる場面もある。女性を蔑視するようなことを、ある男がわめき散らす場面もある。世界各地から集まった女性パフォーマー達が政治的な抗議活動のように客席に向かってわめきたてる場面もある。例外的にバッハ以外の音楽としてプリンスの曲が流される場面があるが、そこでは舞台はロックコンサートの会場のような狂騒に覆われ、パフォーマーは客席に降りて観客をあおり立てたりする。しかし、このような場面の全ては、厳格な形式によってまとめあげられているように見える。
 女性による抗議の場面は、バッハの曲が流れるとともに、抗議に高ぶった感情が行方を失ったかのように、肩を落とし、むせびながら涙にくれる場面に変貌する。むせび泣きは舞台の他のパフォーマーにも広がっていき、むせぶ声だけが響きわたる場面はしばらく続く。もはや、それが笑い声なのかと思われてくるほどに異様な時間が経過した後、次にはプリンスの曲にあわせたライブのシーンが続くのだ。
 「バッハと憂き世」という作品において、この三つの場面は普通の意味でのダンスから最もかけ離れた場面として特殊な位置を占めている。そして、これらの場面を軸にして作品全体が前後に対照的な構成を持っていると言えるだろう。例えば、小屋の前にあるテラスの手すりに炎が灯される場面や、男がわめく場面は前半と後半で対称的に繰り返されている。導入部では派手な仕方で見せ物芸が披露されたが、エンディングシーンは、長い板をあごに乗せてバランスを取る芸で締めくくられている。
 このように対称性が認められるなら、政治的抗議の場面はロックコンサートのシーンと対比されていることになるだろう。いわば、どちらの場面も集団的なアジテーションに関わるものであり、形態は異なれ、ボーダーレスな産業化と大衆化によって支配されている今日的な政治的条件の反映として捉えることができる出来事をモチーフにしている。それぞれの場面は、それ単独で捉えられれば、ショッキングなシーンを使おうという思いつきや、観客の感情をダイレクトに掻き立てようとする単なるアイデアとして片づけられ兼ねないが、それぞれが全体の構成のなかでどのように響きあうものかを考えれば、緻密に計算され、多様な解釈を触発するものであることが分かる。

 さらに、それぞれの場面を検討すれば、そこには様々な対位法的構成を見て取る事ができるだろう。例えば、プリンスの曲に浮かれ騒ぐ様子のパフォーマー達を、演奏の手を休めた音楽家達は窓枠に手をもたせかけて物思わしげに眺めていたり、なにやら傍観者的に語り合ったりしている。プリンスの曲自体がバッハに対して対極的な位置にあるわけだが、バッハを演奏する者達はプリンスの音楽に飲み込まれた様子のパフォーマーと対位的に醒めた態度を取っている。
 ダンスの場面でも、その傍らでは、なにか別のことをしているパフォーマーが居たりする。客席にダンサー達が背中を向けて立ち、ユニゾンで手の振りを繰り返している場面では、ダンサー達の間を縫うようにして回転ノコギリを壁に投げつけ、突き立てていたりする。あるいは、一連の振りを一斉に繰り返す群舞を前にして、それをまねして踊る少女がそのかたわらに座る男に触られ「いたずら」されているという場面もある。そのような場面も、対位法的な秩序を様々に変奏したものと捉える事ができるだろう。
 舞台自体が日常の場面のようにセッティングされ、日常的仕草を地にしてダンスが浮かび上がってくるわけだが、そこでの日常的な情景はダンスという旋律にとって通奏低音の役割を果たしているということもできそうだ。このようにたとえたとき、ダンスの運動が描く響きを日常の動作が含み込む感情と共鳴するものと考えるのと同時に、日常的場面の要素もまた、単なる背景ではなく、運動の一様相としてダンス的なエレメントと見なす観点から享受されるべきだということになるだろう。

 身体は、ただ身体であるだけで様々な意味を帯びてしまっている。例えば、身体は女性的であったり、男性的であったり、中性的であったりすることから逃れがたいものだ。すると、ダンス作品が音楽のように抽象的なものではあり得ないということになるだろうか。ダンス作品に構成される動作や仕草が様々な意味あいを帯びるということは、音楽における音色の多様性にも対応していると言えるだろう。音色が、様々な倍音の混合によって醸し出されるように、身体の運動は様々な意味あいを響かせる。その時、運動の構成としてのダンス作品において、様々な情動やそれぞれの人間の存在はどのような位置を持ち得るだろうか。
 身体を、様々な水準の動きの構成として作品に結実させたとき、パフォーマーの存在も感情も、相互の関係も、舞台にひとつの秩序を形成する。極めて具体的なものが脈絡もなく切り出され、ごろりと投げ出されたかのようなプラテルの舞台においても、そのグロテスクな併置は、対位法的秩序を形成し、さまざまに響き合っている。

 『思想のドラマトゥルギー』(平凡社ライブラリー)に纏められた対談において林達夫は、現代世界を描き得るのはグロテスクな演劇である、という説を紹介している。そしてさらに、演劇やマイムが舞踊やサーカスと交錯する20世紀後半の舞台芸術をネオ・バロックと名付けたいと語っていた。この観点から見れば、見せ物的なものや演劇的なものを取り込みつつ現代世界を描写するプラテルの作品は舞台芸術の展開から当然帰結するとものだったと言えるだろう。 たしかに、「バッハと憂き世」という作品は、さまざまな現代の状況を舞台に引用することで成立している。ありふれた悲惨や愚かしさ、いわば世界の縮図を描いているかのようだ。 ここで、バロックの哲学者、ライプニッツの名前を思い出しておくのも有益だろう。ライプニッツが言う予定調和とは、楽観主義とは正反対のものだ。齟齬し合う仕方でしか存在しえないものたちが、最大限共存することができるぎりぎりの仕方として見出された調和、現実のあらゆる悲惨をそのような調和として肯定すること。その認識こそが予定調和の思想を導いたのだった。プラテル作品を貫く「グロテスクの対位法」もまた、あらゆる混濁を見届けるところまで認識を透徹することによって世界を呑み込みくるみこむ仕掛けであり、底知れない怒号のようなハーモニーを受け入れるような仕方で舞台の上に世界の現実を表出する仕掛けであったように思う。

初出TalkingHeads叢書No.15 2000年12月、2003年10月改稿


プラテルにまつわる思い出
 2000年の7月、南仏アヴィニヨンに演劇祭を見に行った時のことだ。うっかり、宿を見つけそこなった私は、駅の構内で一夜を明かす事になった。夜露がしのげるばかりのコンコースには、様々な人々が床に座り込み、たむろしていた。怪しげなフランス語で悪態をわめいているアラブ系の人々。うす汚れたコートをはおり、うわごとを口にしながら、時折踊るような仕草を見せる浮浪者の女性。深夜発の夜行列車を待ちながら、少し休もうと寝袋を広げる若いカップル・・・。
 アラン・プラテル・バレエ団の作品「バッハと憂き世」を見ながら思い出したのは、この一夜のことだった。

ピナ・バウシュとプラテルについてのノート
 日常的な仕草やそこに織り込まれる人間関係を大胆にダンスに持ち込んだのはピナ・バウシュだった。動きを生み、動きによって生きられる情動を汲み取り、舞台に描き出すための、その全く新しいスタイルは、タンツ・テアター、英語風に言えばダンス・シアターとして知られるようになった。プラテルの作品は、ピナ・バウシュの作品を継ぐものとして語られているが、ダンス・シアターという様式の新たな展開として捉えることができる。
 ピナ・バウシュの大抵の大きな作品には、舞台で全てのパフォーマーが列になって同じ踊りを繰り返しながら進んでいくという場面がある。それは単純でたおやかな手の振りからなる踊りで、舞台の上では、ひととき、融和的に気持ちが通いあう。プラテルの舞台では、全てのパフォーマーがこのように連帯することは無い。人種の違いやセクシュアリティーの違いは様々な亀裂を残し、軋轢は解消することが無いかのようだ。
 手の振りをユニゾンする群舞においても、プラテルの作品では同じフレーズが繰り返されると言うのではない。むしろ、分散和音が和声的に進行するように、構造が変換されながら同じモチーフが展開されていくという感じがする。ソロのダンスについても、エモーショナルなものが身体を中心とした仕草として形をなして行く点でピナ・バウシュの作品におけるダンスはより旋法的で-モーダルで-あるとしたら、プラテルの作品においては、ダンスは身体を離れた舞台の空間に大きな運動として描かれていて、そのさまざまな軌跡の構造を展開させていくような、より和声的な-コード進行的な-ものだと言ったら、比喩が粗雑にすぎるだろうか。
 ともかく、ダンサー自身の実存から、生活から、ダンサーそれぞれが引き出したものからダンス作品を構成しようとする点でピナ・バウシュとアラン・プラテルの間には共通するものがあると言われているが、ダンス作品としての形式や様式という面では、プラテルの作品に、より器楽的でシャープな構成感覚を見て取ることができるのではないかと思われる。



表紙へ