| スネフル王のピラミッド |
スネフル王は、第4王朝初代のファラオ(王)で、父は、第3王朝最後の王、ホウニであったかもしれない。第一王妃は、ヘテブヘレスでクフ王の母として知られる。彼女は、先王ホウニの娘である。スネフル王の母より上位の王妃の娘と結婚することで、王権を強固なものにした。
その他の王妃に、メリティエテス、メリスアンクらがいる。
スネフル王は、24年間の統治の間にピラミッドを3つか4つ建造した。こんなに造ったのは彼1人である。
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一つ目はメイドゥムにある崩れピラミッドである。これは、先王ホウニが造りはじめたのを、スネフルが工事を引き継いだものである。高さ92m、底辺144m、勾配51度52分という規模である。建造当時は勾配が74度もあって、後の新王国時代に外装の化粧石が崩落して現在の姿になったといわれている。 |
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二つ目はダハシュールにある屈折ピラミッドである。これは、途中で勾配が変わっている唯一のピラミッドであるが、なぜ変わっているのかは不明である。角度が急すぎて、崩れそうだから緩やかにしたという説もあるが、崩れピラミッドの急勾配が当時は崩れていなかったと思われるので、その説は当たらないのではないだろうか。高さ100m、底辺190m、勾配下部分54度41分、上部分43度となっている。入り口についても下部分と上部分に二つあり、玄室もそれぞれにある。しかも、ふつう北にある入り口が、上部分のそれは西側にある。二つのピラミッドを上下に合成したような例外だらけのピラミッドである。 |
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三つ目は屈折ピラミッドの側にある赤いピラミッドである。名前の由来は、夕日に赤く映えるところからついた。高さ99m、底辺220m、勾配43度40分。この勾配は、全ピラミッドの中で最も緩いものである。 いづれのピラミッドにも、王のミイラは存在しなかった。構造の不思議や1人で最低でも三つのピラミッドを造ったことからいっても何の目的でピラミッドが造られたのか、謎は深まるばかりである。 |
スネフル王は、外征にも積極的であった。杉を求めてレバノンに、(当時、レバノンは杉林で覆われていた。)トルコ石と銅を求めて、シナイ半島に遠征した。さらには、南のヌビア、西のリビアにも遠征し、捕虜を得、家畜を連れ帰った。
後の中王国でスネフル王は、仁慈の王とされ、さらに後のギリシアの歴史家ヘロドトスにも同じような評価を受けた。なぜか次の代のクフ王とは対照的である。
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