====World History=====================================================

                   謎 の 世 界 史 人 物 伝

                                                            ---No.1---
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●◎○ シャジャル・アッドゥッル(1215?〜1257) ○◎●


////概要データ////

 エジプト、マムルーク朝、初代スルタン、女性。
奴隷の身分からアイユーブ朝のスルタン、サーリフの妃になり、彼の死後、マム
ルーク達に推され、エジプト初の女性スルタンとなった。しかし、女性であるが
故にすぐに退位せざるを得なくなり、悲劇の道を歩む。
 イスラム世界での女王は、彼女とインドの奴隷王朝第5代、ラディーヤのみ
である。


////キーワード////

アイユーブ朝 (1169〜1250)サラディンが、エジプト・シリア
 に建国。エジプトはマムルーク朝、シリアはモンゴル軍に滅ぼされた。

マムルーク朝 (1250〜1517)アイユーブ朝の奴隷、マムルーク
 が創建した王朝。十字軍・モンゴル軍と戦う。オスマン=トルコに滅ぼ
 された。

マムルーク トルコ人、スラブ人、ギリシア人などの奴隷軍人

スルタン イスラム世界の王の称号

アッバース朝 (750〜1258)アブー=アルアッバースが、バグダー
 ドに建国。フラグのモンゴル軍に滅ぼされた。

カリフ ムハンマド(イスラム世界の神の使徒)の代理人・後継者の意味。
 イスラム教徒全体の首長の称号。

サーリフ アイユーブ朝スルタン(在位1240〜49)シャジャル・アッ
 ドゥッルの夫。マンスーラの戦い中に死去。

ルイ9世 1214〜70 フランス王(在位1226〜70)アルビジョ
 ワ十字軍、第6・7回十字軍を主導。第6回では、エジプト軍に敗退。捕
 虜になり身代金を払う。第7回の上陸地チュニスにて病没。

アイバク マムルーク朝2代スルタン(在位1250〜57)実質、初代。
 アイユーブ朝の護衛隊長。サーリフ死後、シャジャル・アッドゥッルの夫
 となり登位。妻の嫉妬から入浴中に暗殺された。


////周囲の状況////

 13世紀中頃、イスラム世界では、アッバース朝が権威はあるものの、名
ばかりとなっていた。一方、キリスト教世界は、聖地イェルサレムをイスラ
ム世界から奪回すべく、十字軍を組織し、エジプトにもせまる。また、東方
からは、強力な騎馬軍団を従えた、モンゴル軍がせまっていた。


////人物ロマン////

 彼女の本名はわからない。「真珠の樹」を意味するあだ名、シャジャル・
アッドゥッルが伝わるのみである。親も兄弟姉妹も生国も生い立ちもわから
ない。ただ、女奴隷であった事は確かで、アッバース朝のカリフから、物と
して送られた。美貌と教養の高さを武器に、いつの頃からかサーリフの寵愛
を受けるようになった。そして、サーリフとの間に子ハリールをもうけ、奴
隷身分から解放された。子のハリールは6歳ぐらいで死んでしまうが、その
後もサーリフの政務の補佐をし続けた。

 1249年6月、ルイ9世率いる第6回(第7回とも)十字軍がエジプト
に侵入し、カイロ北方ダミエッタの町を無血占領した。その後、十字軍はカ
イロを目指す。迎え撃つサーリフ。決戦場は、マンスーラとなった。この時、
サーリフは病死してしまうが、シャジャル・アッドゥッルは、夫の死を隠し
て戦い続ける。この間、彼女は義理の息子トーランシャーを呼び寄せようと
するが、彼が到着したのはサーリフ死後3か月もたった後であった。シャジ
ャル・アッドゥッルは、トーランシャーのくる以前にカイロのローダ城に引
きこもった。ここには、夫サーリフの遺骸が安置されていた。
 戦局は、のちにスルタンになるバイバルス麾下のマムルーク軍の活躍によ
り徐々にアイユーブ朝に傾くが、新スルタン、トーランシャーは猜疑心が強
かったらしく、マムルーク軍の人たちを信用しない。さらに、義母シャジャ
ル・アッドゥッルにも父の遺産をめぐり疑いをかけた。十時軍を追い散らし、
ルイ9世をも捕虜にしたマムルーク軍であるが、ついに不満が爆発。シャジ
ャル・アッドゥッルとともに彼を暗殺してしまうのであった。わずか、2ヶ
月ちょっとのトーランシャーの治世であった。

 その後、マムルーク達に推されたシャジャル・アッドゥッルがスルタンと
なり、十字軍と休戦協定を結び、国難を見事に乗り切った。しかし、女性だ
からという理由で、イスラム世界は色めき立ち、シリアが離反、アッバース
朝のカリフからも男性にするように命じてくる。このため、彼女は退位をし、
マムルーク軍(バフリー軍)のアイバクをスルタンにし、背後で彼を操る。
のちには、アイバクと結婚し、奴隷王朝であるマムルーク朝を開いた。

 シリアのアイユーブ朝勢力との衝突は、アッバース朝カリフの仲裁で回避
されるが、なお予断は許さない。アイバクはシリア後方のモースルとの同盟
によって、包囲することを考え、モースルの領主の娘と結婚しようとする。
これを知ったシャジャル・アッドゥッルは、嫉妬に狂った。そして、破滅へ
の道をまっしぐらに進む。宿敵シリアに内通し夫アイバクの失脚をはかった
のだ。しかし、このことはアイバクの知ることとなった。
 続いて、彼女は甘言を用いてアイバクをおびき寄せ、宦官に風呂場にて首
を締めさせ、殺害してしまうのである。
 これに対し、アイバク派のマムルーク達は、シャジャル・アッドゥッルを
捕らえアイバクの息子、11歳のアリーをスルタンにすえた。彼女は、アイ
バクの前妻であるアリーの母親によって、積年の恨みを晴らすべく撲殺され、
あえない最後を遂げてしまうのであった。アイバク殺害の3日後。42歳前
後であったという。


////その後////

 シャジャル・アッドゥッルの遺骸は、城外の堀に投げ捨てられたが、彼女を
慕うものが引き取り、彼女が生前に造っておいた霊廟に葬ったと言われている。
 その後、マムルーク朝は、バイバルスがスルタン・クトゥズを殺害後、第5
代のスルタンとなり、モンゴルに追われて滅んだアッバース朝のカリフの子孫
を保護。対外的にもモンゴル軍を撃退するなどで安定し、カイロは貿易により
大都市として発展をとげるのである。


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次号予告 ウェルキンゲトリクス
著者一言 嫉妬は恐ろしい。
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                                 カエル