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                謎 の 世 界 史 人 物 伝

                                           ---No.7---
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●◎○ ブラド4世 1431〜1476 ○◎●


////概要データ////

 ブラド・ツェペシュ・ドゥラクル。ワラキア公国国王。
 ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」は、ブラド4世がモデルとなっ
てベストセラーとなり、その後のドラキュラのイメージを決定づけた。
 負のイメージの強いドラキュラではあるが、モデルとなったブラド4世は、残虐
とされる一方、英雄として称えられている場合もある。いったいどうして、両極端
な評価がなされるのでしょうか。


////周囲の状況////

 バルカン地方の諸族は、すでにアジアの大国オスマン帝国に侵略されていた。
 バルカン半島の北部、ワラキア(ルーマニア公国)もまた、オスマン帝国に臣従す
る国となっていた。


////人物ロマン////

 ブラド4世は、1431年にカルパティア山脈北麓の町シギショアラで生まれた。
ブラドの祖父ミルチャ公(在位1386〜1418)も父ブラド・ドゥラクル(在位
1436〜1442)もオスマン帝国の侵略に対抗して戦ったが、敗れて臣従する
事となっていた。
 ブラド4世は、13才から4年間、オスマン帝国の宮廷に人質として送られてい
た。その間、祖国では父と兄が暗殺されてしまう。人質となりながらもオスマン帝
国に対する憎しみはつのる一方であった。

 1456年、ワラキアの君主となったブラド4世がまずはじめに行ったことは、
父と兄の暗殺に荷担した貴族達の処刑であった。公国の首都トゥルゴヴィシュテに
貴族達を集め、捕らえて串刺しの刑にしたのである。処刑者の下から刺されたその
杭を地面に垂直に突き立て、処刑者の数だけ並べてその光景を眺めながら祝宴を開
いたという。
 以後、この処刑方法は、敵対するドイツ人やオスマン帝国人に頻繁に使われるこ
とになる。

 ドイツ人とは、交易の利害関係から敵対することとなった。ブラド4世の生まれ
故郷シギショアラもドイツ系ザクセン人が多く住んでいたが、彼らが交易を独占し
ていたことから、虐殺の対象となった。

 一方、オスマン帝国には再三にわたって反旗を翻した。1462年には、10倍
近いオスマン軍に対し、巧みな戦術で勇名をはせた。しかし、次第に押され始め、
最後はハンガリーのマーチャーシュ王によって捕らえられ、ブダ近くのヴィシュグ
ラードに12年間監禁されてしまう。
 1475年に釈放され再び君主の座についたブラド4世は、再びオスマン軍と戦
い翌年には一時的に勝利を収めたが、近隣諸国の支援が全くないなかでは大国と戦
い続けることができず、最後には敗れ去ってしまうのであった。


////その後////

 ブラド4世の墓は、ルーマニアの首都ブカレストの北方、スナゴヴ湖の中の小島
にあるスナゴブ修道院、教会堂の地下にあると信じられている。

 ルーマニアにとっては、オスマン帝国に再三にわたって反旗を翻し、一時的であっ
たにせよ、勝利を収めたことで英雄として称えられることになった。
 しかし、ドイツ人にとっては虐殺者でしかなかったので、串刺し刑などの残虐行
為がクローズアップされてしまう。このドイツの伝承本を目にしたイギリス人ブラ
ム・ストーカーが、中世からある吸血鬼伝説と結びつけて「吸血鬼ドラキュラ」を
生み出したのである。


////キーワード////

ワラキア公国 14世紀に成立。15世紀にオスマン帝国の支配下に入る。

オスマン=トルコ 1299〜1922 小アジアに起こった帝国。1453年に
        ビザンツ帝国を滅ぼして以降、北アフリカ、シリア、エジプトを
        支配、バルカン、東欧にも進出し大帝国を形成した。

ハンガリー王国 10世紀末にマジャール・フン・アヴァールが合体してパンノニ
       アに王国を形成した。11世紀にキリスト教に改宗。13世紀以降
       はモンゴル、神聖ローマ帝国、オスマン=トルコなどの干渉を受け
       続けた。

マーチャーシュ 1440〜90 ハンガリー王(在位1458〜90)
        フニャディの子。ベーメン王を兼ね、オスマン=トルコ、チェコ、
       ポーランド、オーストリアとよく戦う。中世ハンガリーの最盛期。

吸血鬼伝説 中世から語り継がれた、生ける死体が血を求めてさまようという伝説
     が、近代になって、ドラキュラとして大成されたもの。


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次号予告 バーブル

あとがき 前回のバートリ伯爵夫人とは、同じ吸血鬼伝説の元でも随分と趣が
    違うと思います。ブラド4世の串刺し刑は、多分に見せしめの意味が
    あったようです。戦争である以上、こうした処刑はブラド4世でなく
    ても、たくさんあったはずです。
     英雄と残虐さ。見る人の立場が違うだけで、こうも変わってしまう
    典型的な話しですね。
                                 カエル
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