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              謎 の 世 界 史 人 物 伝

                                          ---No.8---
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●◎○ バーブル 1483〜1530 ○◎●


////概要データ////

 ザヒール・ディーン・ムハンマド・バーブル。ムガル帝国の創設者。
 ティムールの子孫であったバーブルは、かつてのティムール帝国の栄光を取りも
どそうと、さかんにウズベク・トルコ族と交戦していた。しかし、彼は突如中央ア
ジアからインドへと侵入し大帝国を打ち立てることになるのであった。


////周囲の状況////

 15世紀の後半、すでにティムール帝国はサマルカンドとヘラートの二つの政権
に分裂し、衰退の一途をたどっていた。また、北方では、ウズベク・トルコ族が国
家を形成し、さかんにティムール帝国に侵入していた。
 一方、インドでは北部をロディー朝が支配するものの、いろんな民族が戦いを繰
り広げる内乱状態であった。


////人物ロマン////

 バーブルは、1483年2月、サマルカンドの東、フェルガナの地で生まれた。
父オマル・シャイフ・ミールザーは、ティムールの子孫の一人であったため、フェ
ルガナの領主の座は、生まれながらにして約束されていたようなものであった。ま
た、バーブルの母は、チンギス・ハーンの血を引いていた。

 1494年、父が谷底に転落して事故死すると11歳にしてフェルガナの領主に
なった。しかし、ティムール帝国のサマルカンド政権は、ウズベク族の侵入を許し
バーブルを安穏に暮らさせることを許さなかった。
 それでも彼は、かつてのティムールの栄光を再現することを夢見、サマルカンド
という都市に並々ならぬ執着をみせることになるのである。
 1947年にはサマルカンドに入城し、王位につくことに成功した。しかし、故
郷フェルガナで内乱が発生しわずか100日で去ることになる。

 1500年には、ウズベク族のシャイバーニー・ハーンによってサマルカンドが
陥落し、サマルカンド政権は滅んだ。
 その年の秋、バーブルはサマルカンドを急襲、奪還に成功するが援軍もなく孤立
し、宿敵シャイバーニー・ハーンに明渡すことになってしまった。
 フェルガナの地も失い、南方のアフガニスタンのカーブルに落ち着いたころには
シャイバーニー・ハーンのウズベク族は、中央アジアの一大勢力へと成長してしまっ
た。1507年にはヘラートの政権もシャイバーニー・ハーンによって滅ぼされ、
ティムール帝国は名実ともに滅亡した。
 そのシャイバーニー・ハーンが死去すると、その機を逃さず、1511年にバー
ブルは三度サマルカンドに入城を果たす。しかし、結局最後には敗れ去った。

 カーブルは、とうとうサマルカンド奪還をあきらめることになる。続いての目標
は、父祖ティムールも夢見、侵入したこともあるインドの侵略であった。
 1519年、インダス川を越えパンジャーブ地方に侵入したバーブルは、在地の
ロディー朝軍と激突。この時は、見事に敗れ去った。しかし、あきらめることなく
1526年パーニパットの戦いで、10万近い象軍団を1万2千あまりの軍で半日
にして破るという大勝利を収め、ムガル帝国を建国。翌年にはカンワーの戦いで、
ラージプート族をも破り、ムガル帝国の基礎を固めるのであった。

 1530年、息子フマーユーンが病気にかかり、バーブルは必死に祈った。
「われに苦しみを与えよ・・・」と。そして、息子の回復とともにバーブルは病に
かかり、その年の12月26日、アーグラで息を引き取った。享年47歳。波乱に
満ちた人生であった。


////その後////

 バーブルの遺体は、はじめアーグラのジャムナー河畔の庭園に葬られたが、遺言
で半年後にはカーブルに移された。少しでも、サマルカンドに近いところに居たかっ
たのかもしれない。
 二代目フマーユーンは、1540年にスール朝に破れて国を滅ぼしイランのサファ
ヴィー朝に保護される。1555年、その援助の元スール朝を滅ぼして復帰する。
 三代目のアクバルの時、帝国は行政機構も整備され領土も拡大し、1858年ま
で続く大帝国となっていくのである。


////キーワード////

ティムール帝国 1370〜1507 中央アジアのイスラム王朝。15世紀前半
       が全盛期。

ウズベク族 トルコ系遊牧民族。ティムール帝国を滅ぼし、ブハラ、ヒブァ、コー
     カンドの3ハーン国を建国。

シャイバーニー・ハーン 1451〜1510 ウズベク族を率いて、サマルカン
           ドとヘラートを攻略。ティムール帝国を滅ぼした。

ムガル帝国 1526〜1858 バーブルが建国したイスラム国家。17世紀が
     全盛期。イギリスによって植民地化された。


ロディー朝 1451〜1526 デリー=スルタン朝の5番目。アフガン人によっ
     て建国。ムガル帝国に滅ぼされた。

ラージプート族 インド西部に居住した、支配層を形成した上層カースト(身分)。

サファヴィー朝 1501〜1736 イスラム教シーア派の国。イランを中心に
       栄えた。16世紀後半から17世紀前半が最盛期。


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次号予告 ヘンリー8世

あとがき バーブルは、回想録「バーブル・ナーマ」でも有名です。
     父の必死の祈りで助かったフマーユーンですが、国を滅亡の危機に
    おいやってしまいます。さらに彼は不幸です。帝国に復帰した半年後、
    彼は図書館の階段を踏み外し死んでしまうのでした。なんともいいよ
    うがないです。
     ちなみに、ムガルとはインドの人達がモンゴル人をさしてそう呼ん
    だ名称です。