====World History=====================================================

              謎 の 世 界 史 人 物 伝

                                          ---No.9---
======================================================================


●◎○ ヘンリー8世 1491〜1547 ○◎●


////概要データ////

 イングランドのチューダー朝第2代国王。在位1509年から1547年。
チューダー朝の祖である父のヘンリー7世が築いた国王の権力をさらに高めた。
宗教的にはローマ教皇から、信仰の擁護者とまで言われたが、いつしかその教
皇とは対立するようになる。なぜ対立するようになったのでしょうか。


////周囲の状況////

 ヨーロッパの国々は、王家どうしが結婚するので複雑に絡み合う。互いに王
位の相続を主張しあって戦争になったりする。この頃のイギリスは、フランス
と敵対関係にあった。
 また、キリスト教は宗教改革の嵐が吹き荒れ、今までの権威であるローマ教
皇と新教徒とで対立する道を歩もうとしていた。


////人物ロマン////

 1491年に生まれた時、ヘンリー8世には兄のアーサーがいた。兄の妻は
キャサリン・オブ・アラゴン。スペインのフェルナンド5世とイサベル1世の
娘である。
 フランスに対抗する上で、スペインとの関係は非常に重要視された。兄が
16歳で早世した時も、その影響で未亡人となったキャサリンと政略結婚する
ことになった。1509年のことである。

 ヘンリー8世はフランスへはたびたび侵入を繰り返していたが、そんなさな
かドイツで宗教改革が起こった。買えば罪が許されるという免罪符の販売に対
しルターが異議を唱えたのが始まりであった。
 これに対しヘンリー8世はルターを攻撃したので、教皇レオ10世から信仰
の擁護者とまでいわれた。

 キャサリンは7子を生んだが、後の女帝メアリ1世以外は早世した。男子の
欲しかったヘンリー8世は、教皇クレメンス7世に離婚の許可を願い出た。し
かし教義上の理由から許可されずに対立することになった。
 まず、教皇との交渉にあたった大法官ウルジーは反逆罪にされた。
 次にはキャサリンの侍女アン・ブーリンと恋に落ち、彼女が妊娠したので離
婚を強行した。この時の子供が後の女帝エリザベス1世である。
 そして、1534年首長令を発布してローマ教会から独立。イギリス国王を
地上唯一最高の首長として、イギリス国教会を立ち上げた。これに反対した大
法官トマス・モアを処刑し、修道院を解散させ所領を没収した。アイルランド
国王も名乗り、中央集権をさらに強化していった。古い権威を否定し、その権
益を自分のものにしたのである。

 ここまでくると、わがままぶりは止まらず、アン・ブーリンも男子を産まな
いので姦通罪でロンドン塔に送られ1536年に処刑された。次のジェーン・
シーモアは、後のエドワード6世を産んだが出産直後に死亡。さらに、ドイツ
のクレーフェ公アンとは半年で離婚。5番目のキャサリン・ハワードは、また
また姦通罪で処刑された。
 6番目のキャサリン・パーとは1543年に結婚。4年後に彼女に看取られ
てこの世を去った。
 最後まで王位継承に悩んでいたという事である。


////その後////

 ヘンリー8世の不安は的中した。エドワード6世が後を継いだが、病弱であっ
たためか後継者を作ることができず、次のメアリ1世、エリザベス1世と続い
たあとにチューダー朝は断絶してしまうのである。
 その後はスコットランド王がイングランド王もかね、現在の連合王国の祖形
を見ることができる。


////キーワード////

キャサリン・オブ・アラゴン 1485〜1536 スペイン王女。ヘンリー
  8世と結婚したが、男子が生まれず1527年には別居していて、ほとん
  ど囚人扱いであった。イギリス国教会は結婚無効を宣言していたが、彼女
  は離婚を認めずにイギリス国内にとどまり、最後まで王妃として毅然たる
  態度で信心深い生活を送った。

マルティン・ルター 1483〜1546 ドイツの宗教改革者。免罪符の販
  売に対する疑問を「九十五カ条の論題」として公表し、宗教改革の口火を
  切った。

レオ10世 1475〜1521 ローマ教皇。在位1513〜21。ロレン
  ツォ・デ・メディチの次男。フィレンツェ出身。財政破綻の穴埋めに免罪
  符を発売し、宗教改革を引き起こすきっかけを作った。

免罪符 贖宥状(しょくゆうじょう)。レオ10世がサン・ピエトロ大聖堂の改
  築費の捻出のために発行した。起源は、十字軍の従軍のかわりに寄進した
  ものに発行。

トマス・モア 1478〜1535 イギリスの人文主義者。「ユートピア」
  を執筆して当時の社会の不正を批判。ヘンリー8世の信任を得て、ウルジー
  の後の大法官になったが、離婚問題で不和になり最後には処刑された。

エドワード6世 1537〜53 ヘンリー8世の後をついで国王になった。
  在位1547〜53。イギリス国教会の新教化をいっそうすすめたが、
  16歳になる前に没した。

メアリ1世 1516〜58 ヘンリー8世とキャサリンとの離婚によって、
  冷遇されたがエドワード6世が生まれると王位継承権が復活。熱心なカト
  リック教徒でイギリス国教徒を数百人処刑して、ブラッディ・メアリと呼
  ばれた。在位1553〜58。

エリザベス1世 1533〜1603 母アン・ブーリンが3才の時に刑死し
  苦労を重ねる。メアリ1世時代にはロンドン塔の幽閉生活も送るが、運良
  く王位につくと、イギリスは躍進を遂げることになる。


<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< Web >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

◎ グラフィカル知的エンタテイメントマルチサイト
                    ・・・を目指す
  『カエルの合唱』 
http://www5.plala.or.jp/frog/

   ▼週刊「看護婦YUKOさんとカエルの二人言」
      育児・医療・子供等の話題をライトに話しています。
http://www.m-n-j.com/medianetjapan/frog/children.htm

   ▼「Princess & Monster」
      ☆図書券プレゼント付★の簡単選択式RPG風ゲーム。
http://www5.plala.or.jp/frog/RPG/PriMon.htm
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
○ 発行元
「まぐまぐ」 http://www.mag2.com/ (ID 0000042130)
「メルマ」 http://www.melma.com/ (ID m00033604)
「カプライト」http://kapu.cplaza.ne.jp/ (ID 1994)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
○ メールマガジンの登録と削除。バックナンバー。
http://www.m-n-j.com/medianetjapan/frog/whistory.htm
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
次号予告 メアリー・ステュアート

あとがき ロンドン塔は、1066年に木造建築の城砦としてスタートしたが
    やがて牢獄となり、アン・ブーリンに代表される拷問と処刑の場と化
    した。彼女は29歳で死んだがその直後から、彼女の幽霊を見たとい
    う人が多数現れた。今でもその手のうわさは絶えないそうです。