====World History=====================================================
謎 の 世 界 史 人 物 伝
---No.10---
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13)
●◎○ メアリー・ステュアート 1542〜1587 ○◎●
////概要データ////
スコットランド女王。在位1542〜1567。
生後6日で即位し、16歳の時にフランスの皇太子と結婚。フランス王妃の座に
もついた。
夫の死でスコットランドに戻るものの新教徒の貴族の反感を買い、ジェームズ6
世に王位を譲渡しイングランドに亡命した。
しかし、この後彼女を待っていたのは刑死であった。どうしてこんなことになっ
たのでしょうか。
////周囲の状況////
イギリスのグレートブリテン島は、南のイングランドと北のスコットランドとに
分かれていた。しかし、王の血筋はヘンリー7世でつながる親戚どうしであった。
それでも両国は敵対関係にあり、スコットランドはフランスと同盟関係にあり、
イングランドはフランスとハプスブルク家(スペインとドイツ)の勢力均衡を求めて
いた。そこに宗教改革の波が襲い、さらに複雑な関係へと発展する。
スコットランドは旧教勢力。イングランドはプロテスタント(新教)勢力であった。
////人物ロマン////
メアリーは生まれてすぐに父王ジェームズ5世がイングランドとの戦争の敗北か
ら急死してしまい、生後6日で即位した。
1558年にはフランス皇太子と結婚。彼はフランソワ2世として即位しフラン
ス王妃ともなった。彼女の人生は順風満帆であった。しかし、夫が2年後に病死す
ると雲行きがあやしくなってきた。
スコットランドに戻った彼女は、従弟にあたるダーンリー卿と1565年に結婚。
翌年には王子が誕生したが、プロテスタント系貴族を弾圧したことによって宗教的
対立が激化。さらに二人の関係も冷却化しダーンリー卿は暗殺されてしまう。その
主謀者はボズウェル伯であったが、メアリーはなんとそのボズウェル伯と結婚して
しまうのであった。
これに対し、すぐにもプロテスタント勢力の反乱がおこり拘禁されて退位を強要
され、ダーンリー卿との間の息子ジェームズに王位を譲った。1567年のことだっ
た。
翌年には脱走してイングランドのエリザベス1世に亡命を求めた。最も安全であ
るフランスになぜ亡命しなかったのだろうか。かつてエリザベス1世が即位する時
の1558年、王位継承権を主張したこともあって、結局終身禁固となり、幽閉さ
れ各地を転々とした。
エリザベス1世は結婚することもなく、子供もいなかった。この時の王位継承順
位の1番はなんと旧教徒メアリーであった。旧教に戻ることはプロテスタント国家
として順調に歩んできたイングランドにとっては好ましいことではなかった。そし
て陰謀が張り巡らされる。
1586年、メアリーが旧教徒に送った激励の書簡は盗み読みされてしまう。さ
らにこの旧教徒はエリザベス女王暗殺を計画した一味であり、メアリーが自由を獲
得しようと陰謀をめぐらしたとされて議会に告発された。
死刑を求める議会に対し、エリザベス1世は引き伸ばしをはかった。
メアリーは数ヶ国語を話し、音楽や詩作に長けていたが最後はイングランド中部
のピーターバラ西方のフォザリンゲー城で斬首された。
この死刑執行の報告に対しエリザベスは嘆き悲しんだということである。
////その後////
エリザベス1世は、1603年に亡くなりウェストミンスター寺院に葬られた。
チューダー朝は断絶し新教徒に擁立されていたメアリーの息子ジェームズ6世が
イングランド王ジェームズ1世として迎えられスチュアート朝が始まった。ここに
イングランドとスコットランドの同君連合が成立した。
1612年メアリーの遺体はエリザベス1世の傍に移された。息子ジェームズ1
世の命令であった。
////キーワード////
ヘンリー7世 1457〜1509 テューダー朝最初の王。ばら戦争を終わらせ
王権を強力にした。
ジェームズ5世 メアリーの父でスコットランド国王。在位1513〜1542。
イングランドとの戦いで敗北し、そのショックにより死亡した。
ジェームズ6世 1566〜1625 スコットランド王。在位1567〜162
5。イングランド王。在位1603〜1625。メアリー・ステュ
アートの子供。1歳でスコットランド王に即位。エリザベス1世の
死でテューダー朝が断絶し、イングランドに招かれジェームズ1世
としてイングランドでも即位した。彼の曾祖母がヘンリー7世の娘
であったためである。
エリザベス1世 1533〜1603 イギリス、チューダー朝最後の女王。在位
1558〜1603。ヘンリー8世の次女で、母はアン・ブーリン。
母の死刑後は不遇であり、メアリ1世時代にはロンドン塔にも幽閉
されたが25歳で王位についてからは、国民の圧倒的支持を受け、
また対外的にもスペイン無敵艦隊を破り黄金時代を迎えた。生涯独
身をつらぬいたため子供がなくテューダー朝は彼女の死と共に断絶
した。
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次号予告 オクタヴィアヌス
あとがき イギリスというと今でもスコットランドの独立色は強いそうです。
そういえば、サッカーのナショナルチームも別々ですね。
北アイルランドの独立問題もありますし、ヨーロッパの国々は本当に
複雑な関係にあると思います。
前回のヘンリー8世と合わせて読まれることをお薦めします。