====World History=====================================================
謎 の 世 界 史 人 物 伝
---No.14---
======================================================================
読者数 2103 (マグマグ 1432 メルマ 231 カプライト
267 パブジーン 173)
●◎○ アレクサンドロス大王 前356〜前323 ○◎●
////概要データ////
マケドニア王。在位前336〜前323。アレクサンドロス3世、アレクサンダー
大王とも。
ギリシアの北マケドニアに生まれたアレクサンドロスは、17歳で父王に従い戦陣
に加わり、翌年にはカイロネイアの戦いに参加した。
父王が暗殺され王位につくと、混乱するギリシア世界をあっという間に収拾し、何
かと干渉してくるペルシアに対して遠征をすることになる。
敵は数倍の兵力。それでもひるむことなく遠征を続け、ついにはインダス川にまで
到達し、大帝国を建設するのであった。
////周囲の状況////
ギリシア世界は、東方のアケメネス朝ペルシアからたびたび侵攻を受け、3度に渡
るペルシア戦争にかろうじて勝利していた。
それでもアテネやスパルタといったポリス(都市国家)は団結することなく、互いに
抗争を繰り返していた。あまつさえ、共通の敵であるはずのペルシアと取引きするポ
リスもあらわれ、エーゲ海の東側はペルシアの支配するところとなっていた。
一方、マケドニアはギリシア人の国家であったが、主要なポリスからは辺境の国、
野蛮人の国としてさげすまれていた。
////人物ロマン////
アレクサンドロスは、紀元前356年にマケドニアのペラで生まれた。父はフィリッ
ポス2世、母はオリュンピアス。
12歳の時から3年間、大哲学者アリストテレスに学びギリシア的教養を身につけた。
17歳で初陣を飾り、翌年には父王の指揮の元、アテネ・テーベ連合軍とカイロネイ
アで戦い、勝利を決定づける突撃を敢行して勇猛ぶりを発揮した。
この戦いによってギリシア世界の盟主となった父フィリッポスは、ペルシアに遠征を
企て、小アジアに第一陣を派遣した。
しかし、彼は前336年にマケドニア貴族の手にかかって暗殺されてしまう。アレク
サンドロスが20歳の時のことであった。
父の後を継いだアレクサンドロスは、以後の混乱にすばやく対応した。
まず父王の葬儀を執り行い、後継者であることを宣言した。さらに近隣での治安の悪
化を平定する。このとき、アレクサンドロス死亡の噂が流れ、それに乗じてテーベを中
心に再びギリシア世界は決起した。しかし、それもすぐに軍を動かしてテーベを陥落さ
せた。
テーベの処置は、他の反乱に加わっていたポリスにゆだねられた。諸ポリスはアレク
サンドロスに忠誠を誓うため、徹底的にテーベを破壊する。テーベの市民は奴隷におと
しめられた。
この勝利によってギリシア世界は再統一され、いよいよ父の遺志であるペルシア遠征
に出発する。
小アジアに渡ると父によって派遣されていた第一陣と合流し、グラニコス河でペルシ
アの軍隊と激突した。ここでもアレクサンドロスは敵前渡河を敢行して勝利を収めた。
その後、瞬く間に小アジアを制圧するにいたって、ペルシア帝国の王ダレイオス3世
は、小国マケドニアの軍隊を見過ごすわけにはいかなくなった。自ら大軍を率いて、ア
レクサンドロスを殲滅しに向かったのである。その数およそ10万。対するマケドニア
軍は三分の一にも満たない。
前333年、両軍は小アジアの出口イッソスで激突する。前半戦、ダレイオスは優勢
に戦いをすすめるが、マケドニア軍はよく持ちこたえ、アレクサンドロスが勇猛な突撃
をしダレイオスの本陣に迫ると、ペルシア軍は崩壊しダレイオスは命からがら逃げ出し
た。
ダレイオスを敗走させたアレクサンドロスだったが、すぐにダレイオスを追うことは
しなかった。まず、地中海沿岸の諸都市を制圧し、エジプトを解放して自らもエジプト
の王ファラオとなった。
こうして地中海を抑えることで、ペルシアの海軍を完全に無効化してから敵の本拠地
に向かった。
前331年、ティグリス川上流のガウガメラでもアレクサンドロスは敵本陣に突撃し
て大勝した。あれほど強大であったペルシア軍は崩壊した。
残敵を討伐しながらバビロン・スサに相次いで入城すると、いよいよペルシアの首都
ペルセポリスに入った。ここで、宮殿を焼き払い東征の終了を宣言した。
さらに、逃れていたダレイオス3世の消息を北方のエクバタナに聞くと、ただちに向
かった。しかし、ダレイオスを発見したとき、彼はすでに死んでいた。部下の将軍ベッ
ソスの裏切りにあって殺されたのである。ここに強勢をほこったアケメネス朝ペルシア
は滅亡したのである。
アレクサンドロスはダレイオスの遺体をペルセポリスに送り、手厚く葬った。また、
ダレイオスを殺害したベッソスを追ってさらに東方に向かう。
ベッソス討伐後もアレクサンドロスの東方への興味は尽きることなく、とうとうイン
ドに侵入し、インダス川にいたる。さらに東方のマガダ国の噂を聞くとそこにも興味を
そそられた。世界の果てを自分の目で確かめたかったのかもしれない。
しかし、長い遠征に望郷の念にかられた部下の反対を抑えることができず、引き返す
ことを決断せざるおえなかった。
帰途、アケメネス朝ペルシアの創始者キュロス2世の墓を訪れたりしながら、バビロ
ンまで戻ってきた。
しかし、故郷マケドニアに帰りつくことは出来なかった。前323年6月はじめ、熱
病にかかり短いが波乱にとんだ人生に終わりをつげた。32歳であった。彼の死は部下
による毒殺かもしれないが、今となっては分かることではない。
////その後////
大王の死後、彼にゆかりのものはことごとく暗殺された。毒殺説の由縁である。
彼の帝国は、瞬く間に四つに分裂してしまう。
大王の遺体は、マケドニアに運ばれる途中のダマスクスで四つに分裂した内の一つ、
エジプトのプトレマイオスに奪われて、アレクサンドロスが建設した都市アレクサンド
リアに葬られたといわれる。しかし、現在その場所はわかっていない。
オリエント世界と東方世界を結びつけたアレクサンドロスの功績は、世界史上だけで
なく現在にも多大な影響を残しつづけているのである。
////キーワード////
フィリッポス2世 前382〜前336。マケドニア王。在位前359〜前336。
当時有力であったテーベに3年間人質として滞在し、そこで数々の事を学び、帰国後
弱小国マケドニアを一大強国にまで押し上げた。カイロネイアの戦いでスパルタ以外
のポリスの盟主となるが、暗殺された。
ポリス 都市国家。各都市国家で政治的に自立していた。土地が貧しいせいか、領邦国
家になることができなかった。
アテネ 三度にわたるペルシア戦争に勝利したことによって、ギリシア世界の盟主とな
るが、ペルシアと手を組んだスパルタに敗れて覇権を失った。
テーベ フィリッポス2世が人質として滞在していた頃、最も有力なポリスであった。
しかし、一代の英雄エパミノンダスが戦死すると急激に衰退した。
アリストテレス 前384〜前322。ギリシアの大哲学者。プラトンに学びアレクサ
ンドロスの教育係になった。哲学だけでなく政治・倫理・歴史等諸学に通じていた。
アケメネス朝ペルシア 前550〜前330。キュロス2世がメディアを滅ぼして建国。
全オリエントを統一するが、ペルシア戦争でギリシア征服に失敗。その後もギリシア
に干渉しつづけるが、アレクサンドロスにより滅ぼされた。
ダレイオス3世 前380頃〜前330。アケメネス朝ペルシア最後の王。
在位前336〜前330。前王の暗殺により即位したが、アレクサンドロスとの戦い
にことごとく敗れ、和平工作も失敗に終わり逃亡先で暗殺された。
プトレマイオス1世 プトレマイオス朝エジプト初代の王。在位前305〜前282
アレクサンドロスと同郷の将軍ラゴスの息子。エジプト総督であったが、大王の死後
独立し、大王の遺体を確保したことで後継四ヵ国の中で最も有力となった。エジプト
第30王朝最後の王の娘と結婚することで、正当な継承者となった。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
Web
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
◎ グラフィカル知的エンタテイメントマルチサイト
・・・を目指す
『カエルの合唱』
http://www5.plala.or.jp/frog/
▼週刊「看護婦YUKOさんとカエルの二人言」
育児・医療・子供等の話題をライトに話しています。
☆図書券プレゼント付★の簡単選択式RPG風ゲーム、同時開催。
http://www.m-n-j.com/medianetjapan/frog/children.htm
▼ウェブリング「ぶらブラぱーそなる」
個人でがんばるホームページの専門リング。
http://www5.plala.or.jp/frog/ring/webring.htm
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
○ 発行元
「まぐまぐ」 http://www.mag2.com/ (ID 0000042130)
「メルマ」 http://www.melma.com/ (ID m00033604)
「カプライト」http://kapu.cplaza.ne.jp/ (ID 1994)
「パブジーン」http://www.pubzine.com/ (ID 014517)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
○ メールマガジンの登録と削除。バックナンバー。
http://www.m-n-j.com/medianetjapan/frog/whistory.htm
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
次号予告 劉備玄徳
あとがき アレクサンドロスは世界史上の有名人だけあって、非常に逸話や伝説
といったものが多いです。
例えば、気性の荒い馬ブケファラスを愛馬にする時のお話しや、ほど
けないヒモの結び目をほどくときのお話しなどは非常におもしろく、こ
のメルマガでも載せたかったほどなのですが、今回は載せませんでした。
すみません。
HPの方でいずれ紹介できればな〜と思っています。