おいてけ掘
(第七話)
| 足立は、その昔湿地帯で、そこそこに葦が生い茂っていましたので、 葦が立ち並ぶ地、つまり、葦立ちがなまって、アダチになったのだろうとされています。 いつのころかは、はっきりわかりませんが、今の堀切から牛田あたりにかけて、大きな堀がありました。 その堀は、葦の密生する中に青々とした豊かな水をたたえていました。 緑なす葦の葉陰と、豊かな水とは、魚類の絶好の棲みかで、この堀ではたくさんの魚がとれました。 この魚がたくさんとれるという噂は、人の口から口へとしだいに広まって、この堀にも多くの釣り人が集まり、 釣り糸を垂れるようになりました。 ところが、そのうちにこの堀に不思議なことがおこるようになりました。 それは、魚がたくさん釣れたので、竿を納め喜んで家へ帰ろうと、葦の中の道を歩きだしますと、 どこからともなく気味の悪い声が聞こえてくるのです。 「おいてけ! おいてけ!」と、まるで地の底から湧いてくるような低い声なのです。 そこで、声の気味悪るさに驚いて、釣った魚をもとの堀にもどせばよいのですが、 “せっかく時間をかけて釣ったものだ。 誰が置いていくものか。”と、その声には耳を傾けずに、我が家への道をサッサと歩きだしますと、 どうでしょう生い茂った葦の道は迷路となつてしまうのです。 そして、同じ所を徃ったり来たりして、葦の茂みから脱け出すことができなくなってしまうのです。 万一家に帰ることができたとしても、バケツに入れた魚が、夜中にパシャ、パシャと音をたてて いなくなってしまうのです。 朝起きてバケツの周囲を見てみますと、床や土間に、魚の歩いたと思われる胸ビレや 尾ビレの跡がはっきりと残っていて、バケツの中には、一匹の魚もいなくなっているのです。 こうしたことから、誰言うともなく、この堀のことを“置いてけ掘”というようになったということです。 今では、この堀の跡形もありませんが、堀切の近くの“置いてけ掘”。共に“掘”の字がついていて、 何か深い因縁を秘めているような気がします。 ・置いてけ掘 の話は、本所の七不思議の中にもあります。また、越谷の見田方にもあります。 ・川魚は、千住の名産で、特に、スズメ焼き(小ブナを竹串にさして焼いたもの)は、有名でした。 ・戦前まで、橋戸から河原にかけて、川魚問屋がありました。 ・足立は、川や池沼の多い湿地帯で、川魚が豊富でした。この川魚を目あてにして鳥類も多く集まり、 代々の将軍様の良い“鷹狩り場”になっていました。 |