Bumpの名曲シリーズ第四弾。今回はStage of the groundです。
Bumpの曲には抽象的なものが多いのですが、この曲もそんな抽象的な歌です。
「飛ぼうとしたって羽なんか無いって、気づいてしまった夏の日」
届かない場所にあの雲が、あの空がある、その事に気づいてしまった。未来永劫、届く事はない。まるで夢のように。
それでも歩いていこう、あの星も、あの月も、全て君を見てくれている。
君をかばって散った夢は夜空の応援席で見ている。
出会いと別れを繰り返し、涙を覚える君は誰より優しい人って知ってるから、弱気になっても歌ってくれるよ、応援してくれてるよ。
365日いつだって、360度どこだって、全て君の為の舞台照明。
ここまで来たって叫んでやれ!
ここに君がいるって叫んでやれ!
間違った日も、迷って叫んだ日も、君の中のライトは君を照らし続けていたんだ。
STAGE OF THE GROUND !
…と、だいたいこんな感じの事が歌われています。
今まで紹介してきた曲と違い、この曲の主役は「君」です。つまり聞く人に直接歌いかけているのです。
グングニルやkのような「彼」も、LAMPのように「僕」でもありません。他人の物語を聞かせるのではなく、ダイレクトに「君」と語りかけているのです。
つまり、Bump Of Chikenからの応援歌そのものなのです。
この曲に限った事では無いのですが、Bumpの歌には
「誰からも理解されないのはとてもツライ。でも、それでも信じる道を行くしかない」
というメッセージが非常に多く含まれています。
おそらくこれはBump Of Chiken自身が体験した辛さなのではないでしょうか。
そのためか曲の様々な箇所に弱音としか思えない表現がちりばめられています。Bumpを嫌う人々(とても悲しい事ですが結構います)は、どうもこの部分を見て「後ろ向きな事しか言えんのか?」とか「情けねぇ連中だな」と感じてしまうようです。またkのように暗い展開の曲が多い事もあるでしょう。
しかしそれらの曲には必ず、ひたむきな、愚かなまでに真っ直ぐな心があります。ただの棒切れのように、ただ真っ直ぐなだけで飾り気の全く無い心が。
挫折を知らない人は、自分が飛べないという事を知りません。
人生の中で、挫折は本当に突然にやってきます。
自分の実力不足を痛感した時、
誰かの為を思ってした事が裏目に出てしまった時、
信頼できると思っていた人が実はとんでもなく不誠実だった時、
そして、突然の事故や病気で夢を諦めるしかなくなった時−
それでも信じる心を失わないひたむきな人にBumpは声援を送ってくれてるのではないでしょうか。
曲の中に
「広がる宇宙の中心は、小さな君」
という一説があります。
心無い人はこの一説を聞いただけで自己中心的な、思い上がった歌だと思うでしょう。
しかし大事なのは"小さな"の部分だと思うのです。
自分がいかに小さいかを知った、つまり、大空を飛ぶ事なんか出来ないと知った時、人は大地の本当の意味を知るのではないでしょうか。
ある詩人はこう言ったそうです。
『飛ぶためには、まず歩く事から学ばなければならない』
挫折を知ろうとしない、自分が空を飛べると思っている人はいつかそれがただの夢であると知るでしょう。
あるいは、甘い夢を見続ける事こそがその人にとって幸せなのかも知れません。現実を否定して夢に逃げる事が幸せだというのなら、それは誰にも何も言えません。人の幸せにケチをつける権利など誰にも無いのですから(その自分勝手な幸せを押し付けられたなら話は別ですが)。
多くの芸術家は生きているうちは無能者と呼ばれ、世に受け入れられる事なくこの世を去りました。
ロケットで月へ行くという夢を最初に話した研究者は、周囲から狂人扱いされました。
地球が回っているという事実を唱えた人は、悪魔の使者として罵られ、投獄されました。
それでも彼らは自分の信じる道を諦めませんでした。
人に理解してもらおうという努力や、人を理解しようという努力はとても大切で重要な事です。
しかし、結果として理解される事自体は、私は重要だとは思えません。
もし今、周囲から酷い誤解を受けている人がいたら、
事故や難病などの障害にぶつかっている人がいたら、
それでも、自分の夢や信念を諦められない人がいたら、
そんな人がもし今、この文章を読んでいるとしたら…。
私も言いましょう。
大丈夫、今いる大地はあなたのステージだって。
迷いも間違いも、全てあなたの人生のかけがえのない一部だって。
心を込めて。
「STAGE OF THE GROUND !」
|