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サヨナラ
「『仕事』のあとはいつもそう言ってるな」
本物の薪が燃やされている大理石のマントルピース
安っぽい遮光処理ではなく、重厚な織りのせいで光を遮るカーテン
抑えられた照明
唯一、サイドテーブルに飾られた白い…パーロット咲きのチューリップと薔薇を組み合わせて活けられた花が、抑えられた照明の中で明 かり代わりに光っているように演出されている
花の傍らには程良く冷えたシャンパンとフルートグラスが二人分
きっちり清潔なリネンのシーツが折り込まれ、整えられたキングサイズのベッド
ベッドが使われた形跡は無い
ベッドの手前。
毛足の深い絨毯に、シルクのローブを纏ったこの国の一局しか無いテレビでよく出る中年男が沈んでいる。
先刻からぴくりとも動かない。
私には視覚を喪い、影と闇を自在にする術を得て光ではなく闇で物事を視るようになってから。
音が色として感じられるようになった。
絨毯に沈み、先刻から音を追っていた対象の微かに遺っていた脈拍の音が薄くなり、闇色になる事を確かめる。
動かない事を一瞥して確認した彼女は糊のきいた、折り目のきついホテルの制服に着替えながら確かに言ったのだ。
「サヨナラ」と。
彼女の『仕事』は組織の中でも信頼されている。
高い成功率。
なによりも普通の者には自然死か事故死にしか見えないが、解る者が視れば『組織の仕事』と解るやりかたが。
何度か、ことに大者相手の仕事を行う時は見届けや監視、しくじった時のためのバックアップを行えるように私や『掃除屋』と呼ばれる支援者が影に潜んでいる。
彼女は『仕事』が済むと何時も言っていたように思う。
平坦で感情の籠もっていない声。無色透明な音で。
闇から闇を感じとる。
人形のように整った彼女の顔…正確には彼女の血が流れる音…には何の表情も浮かんでいなかった。
『仕事』の相手に向かって呟くように言う、彼女の「サヨナラ」。
「『仕事』のあとは何時も言ってるな…「サヨナラ」と。
対象に哀れみを感じているのか?」
つい口をついて出ただけだ。
だが、次の瞬間には彼女のエモノ…炭素鋼ワイヤーのように斬れる彼女の髪が、私の首に当たっていた。薄くスライドし、血が滴る感触。
どんな感情でも、自在に浮かべる『仕事』の時と違い、冷たいガラス玉のような眼が、闇の中に居る私に感じられる。
「わたしは」
瞬きさえしない。
「貴方に「サヨナラ」と言いたくない」
「わたしも、まだ貴女には働いていてもらいたい」
組織で、とは言わない。
言う必要も無い。
ただ彼女が自身のエモノを私の首に当てると同時に、彼女の髪をひとふさだけ斬りはらった影を闇の中へ、私の内に引き戻す。
彼女の方も、何事も無かったように乱れた髪を整える。
彼女はドアから出て行き、私は闇から闇、影から影を伝って部屋から出ていく。
後にはただの屍体が遺された。