ニガいアメ
過去 KAKO
赤い月に突き刺さる無数の十字架。
わたしの一番旧い記憶。
「笑ったり、怒ったり、哀しんだりしてはいけないよ…」
どうして?
「お前の感情の『波』はお前の血を狙う奴らを呼び寄せる」
奴らってだれ?
「山と森に囲まれ霧が立ち込めるこの地…キリスト教とイスラム教世界の境界であるこの地にローマの時代から在る『人の形、人の姿をした人を食らう人ならざる者』達だ」
わたしの血、どうかしてるの?
「いずれわかる。お前の血、その血の持つ力が何なのか…いつかお前自身が『奴ら』と『人間』どちらかを選んだ時に…」
選ぶ…
「その時まで決して笑ったり、怒ったり、哀しんだりしてはいけないよ…」
そうする
どうして、なのかはその時まだわからなかった。でもそうする以外どうしようもないということも確かだった。 わたしが普通ではないのはそのころからうすうす感じていた。
わたしは墓地で拾われたのだから。
魔女、とわたしの育て親は呼ばれていた。
薬草を調合し、毎朝太陽が昇る前に墓地へ行き死者に死んだままでいるよう言い聞かせる。
死者が『奴ら』の手下にならないように。
彼女に言わせると死者は毎日言い聞かせておけば『奴ら』の手下や『奴ら』にはならない。やがて死を受け入れて土に還る。
恐ろしいのは自分から『奴ら』になった者や生まれつき『奴ら』である者。食らうため、楽しみのために人を襲う『奴ら』だと言う。
話に聞くだけででわたしはまだ『奴ら』を目にしたことは無い。
どうしてわたしの血を狙うのか、わたしが人間と『奴ら』を選ぶとはどういったことなのかを知るためにも『奴ら』に会ってみたいと思った。それが駄目なら見てみたいと。
そんなとき、機会がやってきた。
『奴ら』と戦う者。
わたしが彼について行きたい、と育て親に伝える。彼女は反対しなかった。ただ、「彼が良いと言えば」という条件がついた。
彼と育て親のやりとり。
「危険だ」
「ここにていも危険なのは変わりない」
「私は…『奴ら』、魔族の血が半分流れている。あの子を私が襲うかも知れない」
「確かにね。だがその時はアンタも最後さ」
「……」
「育て親の私が言うのも何だけど、あの子にはいろんな世界を見て欲しい。
そのうえでどちらかを選んでもらいたい…アンタのように闇雲に『奴ら』を殺しまくるのも一つの道だがね。ま、どのみち『奴ら』を切りまくりたいのならあの子を連れて行くことさね。
『奴ら』はあの子の血を欲しがっているし、ね」
「…血?」
「あの子の血は……さ」
わたしは彼についていける事になった。
現在 GENZAI
どう見る?どう見える?
あるとき彼の剣がわたしに尋ねた。
どう見えるって何が?
オレのマスターさ。
変。
HAHAHAっ。たしかにマトモじゃないな。オレを使ってくれ、って言ったらあっさりオレを手にしたしな。
あなたもどうかしてるの?
オレか。オレは『最強の魔剣』の銘と『最兇の魔剣』の銘を与えられた。なじょしてだと思う?
強いから。そして使い手を選ぶから。
そう。かなりいいセンな答えだ。
オレの中には氷妃・炎帝・雷皇が入っている。連中も強いわな。強すぎてオレの中から召喚するには『力』が必要だ。よってオレが斬った相手の生気、使い手の生気、両方を吸い取る。どんな相手も切り裂く替わりに使い手もいつのまにか死んでる。そんなんで『最兇の魔剣』の銘がついた。
で、いまのマスターのあんにゃろはそのことを知っててオレの封印は解くわ、持ち出してバッタバッタと魔族を斬りまくるわ、だがまだ生きてるから何か変だ、こいつただの人間じゃねえなと思ってたら同類じゃねえ?クレイヂーっだな。で、アンタはどう見る?
変。
そりゃさっきキいた。どの変だ?
彼、魔族が憎くて魔族を斬る、と言うけど彼が魔族と対等に戦えるのは魔族の血を引いて魔族の力が振るえるからよ。魔族の血を引いているからあなたのような人間なら持て余す魔剣も手にできる。人間であろうとしているのに彼が忌む魔族の恩恵を受けている…変よ。
だいぶ勉強したな。あいつ、マスターの失敗した点は『人間』と『魔族』中途半端に選んじまったって事さ。
選ぶ…わたしの育て親も『いつかわたしはどちらかを選ぶ時が来る』って言っていたわ。
ほほー。
中途半端に選んではいけない事なのね…。
おれと話せるアンタも普通の人間とはちょっと違うらしいが…そうか。ま、選ぶ時はすっきり、キッパリ。後腐れるとうちのマスターみたいに苦労して苦悩するぜ。
でもどうして急にこんな事、言うの?
カン、かな。オレ、だいぶマスターの生気吸い取ったし、マスターも魔族を切りまくってどんどんそこらのザコじゃ物足りなくなってきてる。近い未来に選択するかさせられるだろうからな。
選択?
選ぶ、をちょっとむずかしく言った言葉だ。多分マスターがどうにかなる時がアンタの選択の時になる。
予言じみた剣の言葉。
そしてそれは現実になった。
生気を吸い取られ過ぎ、魔族としての力を使い過ぎた彼は『人間』でいる事ができなくなった。
力と血。二つに彼は引き込まれた。
わたしは『人間』を選びわたしの血の力…どうして生まれ落ちた墓地で、育て親たちに拾われるまで無事だったのか、どうして魔族がわたしの血を狙うのかを知った。
未来 MIRAI
重い音を立ててドアが閉まった。
冷たく淀んだ空気が鼻につく。外では激しい雨が降っているのにその音は殆ど届かない。湿った空気が、この城を組んでいる石に籠もった匂いを運んでくる。何年も閉じ込められた埃とカビ、そして僅かに腐臭。
水を吸って重くなったコートを脱ぎ捨てて生気の感じられない城の中に歩を進める。
彼がどこにいるか教えてほしい、というわたしの願いを十年ぶりに会った育て親は理由もきかずに受け入れた。
「北の、獣も寄り付けない山の城にいるよ。たった一人で籠もっている。時々、近辺の村を襲って若い女をさらって行く」
「倒そうとした人はいないの?」
小さい時とも、旅をしていた時とも違い、声に出して育て親に問うた。
「いるさ。だが相手は『奴ら』の側を選んだ半端者だ。『奴ら』が苦手とする太陽の光も平気だし、おまけに飛ぶ。そこらの『奴ら』よりも強い。私がやってるような薬草やまじないといったささやかな予防措置で気休めするしかないさ」
「…そう」
「奴のところへ行くつもりなのか?」
「ええ」
「そうか」
「止めないのですね…わたしが彼について行きたいと言った時もそうでしたけど」
「止めてほしいのか?」
「いいえ。わたしが決めた事です」
「お前の力、血、命、すべてはお前自身の物だ。どうするべきかはお前が決める事だ。好きな道を選んで、やりたいことをやればいい」
「・・・ありがとう」
クルナ。
玉座に座している者が声に出さずに言った。広いその部屋には血と生気を抜き取られて干からびた屍が累々と横たわっている。
クルナ。今ハマダ私ニ理性ガアル。命惜シクバ早々ニ去レ。
わたしは自分の心の中を探ってみる。
恐怖はわずかにあるような気がする。今正面にいる彼と旅をしていた頃と同じくらい、わたしの心には何の感情も無い。あのころは出してはいないだけで心の中にはいろいろな思いがいつも渦巻いていた。でも今はその思いさえも無い。
有るのは雨に濡れたブラウスが肌に張り付いて気持ち悪いという事実。
わたしは前に向かって進む。
暗闇に隠れようとする彼が、視える。
闇の中に尚暗く浮かび上がる獣の瞳。黒い、肉質の翼。
心臓のあたり、首筋、左腕は傷だらけ。
何度も自殺を試みた形跡。それでも自ら死ぬこともできなかったのだ。
彼の頑丈な体がそうさせない。傷はつける側から塞がり、回復してしまう。
わたしは彼の前に立つと左腕を差し出した。
手首を傷つける。
ゆっくりと染み出した血が、張り付くブラウスをピンクに染めていく。
彼の目が、戸惑い、混乱している。もうじき血の匂いに理性を失う。
そして狂乱。
かろうじて理性の残っている彼にわたしは言った。
「選んで。このまま人を殺める事に苦悩しながらも魔族として生きるか、今この血を飲み死で全て終わらせるか選んで」
オマエハ…?アノ娘ナンダナ?
「そうよ、一緒に旅をした…」
だめダ、帰レ、オマエヲ殺シテシマウ。オマエノ血ハ…。
「知ってるわ。
わたしの血は魔族にとっては人間の『麻薬』にあたる物…少量ずつ摂れば、世界を…餌とする人間もろとも滅ぼす事の出来る力を得る。
一時に大量に摂ればどんな魔族も死ねる…選びなさい。こうしてる間にもどんどん流れていくのよ」
そう告げて私は目を閉じ、選択されるのを待った。
どんな未来が選択されるのか、わたしにはわからない。
COMMENT====================================
怪物と人間の間に産まれた者や怪物と戦う事の出来る人間の記録や伝承って、世界各地の奴を漁れば辞書くらいの厚さのメモが出来そうだ…。(2001 1009)
■ 正面玄関