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 最近、昔の夢をよく見る。


 まだ日が昇る前の暗い朝だ。気温もかなり低い。そんな都市が動き出すには早い時間、ビルの間にある広い芝生の広場に二人の子供と一人の男が護身術のトレーニングを行っている。
 何も知らない者が見ればさしずめ仲の良い親子に見えただろう。
 だが、実際にはこの三人は全員が互いに血が繋がってはいない。
 息を切らせ出した子供の様子を見計らって男が言った。
「よーし、今日はここまで」
「えーっ!」
「まだやれるよ!」
「…おまえたち、ひょっとして俺から一本取ろうっていうのか?」
 二人ともそれをはっきりと肯定し、意志の強い目でまっすぐジェフを見つめ返してくる。
 深いため息。ジェフは視線を二人の高さに合わせて屈み込むと穏やかな笑みを浮かべて諭す。
「積極的に挑戦するのは良いことだ。だが、おまえたち二人はまだ若い。身体が完成していないうちはほどほどにしておいた方がいい」
 なおも不満そうな二人にさらに付け加える。
「それにな、あまり一生懸命練習されたら俺が教えるネタがなくなってしまうからな」
 ようやく納得した二人にも笑顔が広がる。三人はまだ露に濡れている芝生に座り込むと呼吸を整える。
 大分明るくなって来てはいるが、まだ日の出前だ。ジョギングをする者もまだ通らない。
 夜を通してついていたビルの照明も落とされ、都市は普段なら絶対に見せることがない静寂な空気に包まれていた。
「こんな時もあるんだ…」
「なかなか見れない景色だろ?あのやかましい事この上ないサウスタウンがこんなにも静かになるとこなんてな」
「ほかの人は知らないの?」
「知るわけないだろ。みんな自分の事だけで精一杯なんだから」
「じゃあこれは僕たちしか知らない時間なんだね」

 二人の子供のやりとりに頷くと、ジェフは静かに言った。
「…本当のところな、すまないと思っているんだ」
「なんで?」
「おまえたちの『父親』になっているって言うのに…こんなことくらいしか教えられないなんてな…」
 先刻も言ったが三人とも血の繋がりは全くない。二人の子供は拾われた施設でたまたま年格好が似ているため兄弟とされた。そしてジェフはボランティアとして週に何日か彼ら二人の面倒を見ている。父親代わりとして。
 だが生まれも育ちもサウスタウンでストリートファイトとストリンガー(事件・事故が発生した現場に駆けつけ、撮影した写真を売る職業)で生活するジェフがやれる『父親らしい事』は限られてくる。

 本来なら…勉強を見てやったり野球や釣りの仕方を教えるところなのだろう。
 現実にはどうだ。ここで一番に覚えなくてはいけない事、そして教えなくてはいけないことはどうすれば自分を守り、生き残れるかという術だとは。

「そんなことない!」
「ジェフはジェフにしか教えられない事を教えてくれているよ。教会でやらされる勉強よりもおもしろいよ。絶対!」
 一生懸命に言う子供達。二人ともこの『父親』が大好きだった。ジェフは小さく笑っていた。
「さてと、教会の配給を手伝ってから朝食にしよう」
 ジェフが声とともに立ち上がる。子供達も。だがジェフの動きが途中で凍り付いた。
 公園のすぐ前の道路をじっと見ている。
 二人もつられてそちらを見る。
 車が一台、停まっていた。
 スーツの男が一人、降りてこちらに近付いて来る。

「…ギース…」

 ジェフがつぶやくように言った。まっすぐこちらに近付いて来る男…まだ若い…の名前らしい。
 その男を見据えながらジェフは言った。
「…二人とも先に教会へ行くんだ」
「でも…」
「いいから。早く行くんだ。俺もすぐに行くから」
 いつもの穏やかな調子とはうってかわって切羽詰まった様子で一気に言う。
「…本当だね?」
「ああ」
 ジェフと近づいてくる男の間で『なにか』があるのは二人とも気づいていた。これから『なにか』が起こるのも。
 それが『なにか』は二人にはわからない。
 それでもジェフの言うことを信じて二人はそろそろと歩きだした。
 途中でジェフを振り返ると急いでここを離れるように手振りで示すだけ。決して二人を見なかった。
 ジェフたちからは見えない公園の外れに来るとどちらからともなく言い出した。
「…戻って見えない所からジェフを待とう…」
 いつもとは全く違うジェフの様子に不安だった。
 素早く、できるだけ静かに戻る。そしてかなり密な繁みの中に隠れて広場の方を伺った。
 ジェフとジェフが『ギース』と呼んだスーツの男は何かを話し合っていた。
 何を話しているのか聞き取る事はできない。だがあまり穏やかとは言えない空気なのは伝わって来た。
 何も無いようなので言われた通り教会へ行こうとしたその時。

 何が起こったのか一瞬、理解できなかった。

 気がついた時にはジェフが芝生に倒れ込んでいた。
 スーツの男がジェフを殴りつけたのだ。ずっと見ていたはずなのにその瞬間は見えなかった。
 ジェフはすぐに立ち上がるかと思った。だが倒れたまま、反撃も抵抗も防御さえしない。
 そんなジェフをスーツの男はじわじわと痛め付けて行く。
 指を折り、足を潰し、腕をねじ曲げていく。それらのおぞましい作業を何のためらいも容赦のなく黙々と行う。まるで機械のようなあざやかさで。
 二人のうち一人が飛び出し、ジェフを助けに行こうとした。
 だがもう一人の方が必死で押さえ付ける。
「…どうして止めるんだ!ジェフを助けなきゃ…」
「ばか!ジェフはさっき教会に戻れって…逃げろって言ったんだ!」
 それでも二人ともその場を立ち去る事ができなかった。

 今にして思うとひょっとしたら…ジェフは自分たち二人が隠れて見ていたのを気づいていたのではないかと思う。だからこそ最後…ジェフが息絶えて動かなくなるまで相当な『痛み』があったにもかかわらず決して声を上げなかったのではないかと思う。
 とにかくスーツの男がいなくなってから二人はジェフのところに駆け寄った。
 その頃には晴れ渡った空にこの街特有の明るい太陽が昇り、雀が何事も無かったかのようにいつもと同じ調子で鳴き出していた。
 いつもと同じではないのはジェフがもうどこにもいないと言うこと。奇妙な方向に手足がねじ曲がったジェフから流れ出た血が緑の芝生を染めていた。しかもどんどん血は拡がっていくのだ。
 あまりにも現実離れした光景に感覚が麻痺し、二人は泣くこともできなかった。
 だが心の中に沸き起こる強い感情があるのは解った。
 怒り。そしてあのスーツの男…ギースに対する憎しみと殺意。
 それらが先刻、目にした光景の恐怖をかき消した。



10 YEARS LATER AM10:00

 ロックが外れる重い金属音が響いた。
 足音が近付いて来ると自分の前で止まった。さらに鍵が外される音。
「おい、出ろ。釈放だ」
「…殺人者をたった一晩留置所に泊めただけで釈放ですか?」
 よれよれの制服を着た巡査がどことなく気まずそうに頭を掻き回しながら言った。
「あんた、タワーからG・ハワード会長を突き落として殺したとか言ってたが…」
「そうです」
「あんたが言った場所に血痕はあったが死体はなかったぞ。ハワーズにも問い合わせたが秘書が『会長の居場所は教えられません』の一点張りだ。証拠不十分…それ以前の問題だな。死んだはずの人間はどうやら生きているらしいし…調書も取ったし、これ以上何もしてない人間をぶちこんどくと税金の無駄もいいとこだ。さっさと出な」
 しっくりいかない、不満げな表情でブロンドの男は留置所を出た。
 眩しさに一瞬目がくらむ。


 あの日と同様、快晴だった。