キレイ
やりづれぇ。
別に使い慣れないキッチンだから、だとか道具のクセがまだつかめていないとかいった問題じゃねぇ。
レストランの時と違って、厨房と食堂が別々になってる船じゃねぇから、この船じゃ公共スペースになってるキッチンには食事時以外にも大抵、誰かが居る。
一番長い時間ここに居るのは俺だ。
朝っぱらから深夜まで、料理をしてるか料理を出してるか今みたいに料理の下ごしらえをしている。
時々、誰かがやって来る。
料理用にしまって置いてる極上の酒をちょろまかそうとするクソ剣豪(飲んだくれ)だの、「新しい武器に使うから目の細かい香辛料を分けてくれ」だのとほざく狙撃手(冗談じゃねぇ)だの、デザートのリクエストをしに来る航海士(彼女は別格)。
で。
食事時以外にやって来ては「メシーっ!」と喚き、盛大につまみ食いをやらかして行く万年欠食児童船長が、さっきからキッチンに居る。
ここまでならまだイイ。
さっきから船長が喚きも騒ぎもせず、椅子に座ってジっと今夜の料理の下ごしらえをしている俺を見ている。
やりづれぇ。
「……何か言いたいコトがあるならとっとと言え、クソゴム」
「オレがここに居たらダメか?」
居るだけで無く「ヒマなら手伝え」と言おうとしてヤメた。コイツに雑用を言いつけたら俺の仕事が10倍に増える。
「居ても構わねぇが、さっきから何してる」
「手、見てる」
は?誰の?と思ったが今キッチンには俺とコイツしか居ない。
「ウチのコックが料理してる時ってキレイだけどさ、料理してる手、スッゲぇキレイ。
好きだな」
………なんか、今、とんでもないコトを真顔で言われた気がする。
「…ヤローにキレイだの言われても嬉かねェよ」
どうせなら俺の料理の盛りつけに向かって言え。
「ホントのことだぞ」
相手はガキだ。
ガキは思ったことをすぐ口に出して言う。
そして俺はガキの戯言にいちいち反応するほど子供じゃない。
「俺の手なんざ、キレイじゃねーよ」
昔ほどじゃないがいつも、火傷や切り傷。
いつだって肉や魚を捌いた時の血なまぐさい匂いが付いている。
「いや、キレイだ。
そんでもって、キレイな手でキレイに料理されてキレイに食べられる生き物たちはシアワセだ」
…ったく、子供というヤツは時たま、何も考えていないようで実はとんでもないコト…真理や真実の欠片を…言ったりする。
目の前の万年欠食児童がいい例だ。
「……ゆってろ」
言い捨てて、俺は下ごしらえを終えた食材を料理し始める。
今夜の料理を。
「…ねぇ、今日は魚だって言ってなかった?」
「次の港に着く前に、肉を使い切った方がいいので変更しました」
「肉〜っ!」
「酒も使い切った方がよくねーか?」
「飲もうったってダメだ。酒は料理以外にも何かと使うからな」
「火薬代わりの武器にも使うからな」
次々と空になる容器と皿。
俺の仕事は『後に残らない』。何時間かけてキレイに盛りつけようと喰って喰われて仕舞い。
こいつらがキレイに喰ってくれる。
見ていて気持ちがいいくらい、キレイに喰ってくれる。
キレイに喰ってくれるやつらが居る限り、俺はキレイな料理を作ろうと思う。作っていけると思う。
万年欠食児童と眼が合う。
「何、笑ってんだ?」
「何でもねぇよ」
ま、今日だけはまけといてやるか。