夜明けの宴
いいかげん潮時だわ。
十人までは数えたが、それからは覚えていない。
とにかく何人目かの相手がフロアに倒れ込むのを眺めながら彼女は思った。
賭けのチケットが紙吹雪のように舞い上がる。彼女に賭けて見事に金を手にした者からは歓声が、そうでない者からは悲痛と呪詛の声が周囲から沸き上がった。
「いいぞ!コウモリ女!」
「さぁ次に彼女に挑戦するヤツはいないか?」
ハロウィンの真夜中から始まった「明日から始まる大規模なストリートファイトの大会の前夜祭」とかいう題目で真夜中から始まった公認のストリートファイトはもうじき夜明だというのにまだ終わる気配がない。
フロアに登り、ファイトをする者のほとんどがハロウィンのため仮装している。そのためか周囲に異様な雰囲気を振り撒き、人々はフロアの近辺に一度近づくと離れることができなかった。
そして今、フロアで戦っているのはコウモリをイメージさせる衣装に身を包んだ美しい女だった。しかも恐ろしく強い。
だが周りの人間のうち、一体何人が気がついただろう?
肉質の、コウモリを想起させる翼をあしらった衣装をまといエントリーボードのネームにサキュバスと流麗な文字で書き付けた彼女が、『本物』であることに。
彼女の係累、そして闇に生きる人間以外の者たち、屍者。
ハロウィンの夜には人間のすぐ近くまでやって来る。それも大っぴらに。
ある者はハメをはずしに。純粋に『狩り』をするために来る者もいる。
彼女の場合は両方だった。
あと一人だけ相手にして最後にしよう、と彼女は決めた。夜明けも近い。それに、目立ち過ぎた。
「どうしたの?わたしを好きにしていいのよ。勝てたら、だけど」
フロアから周囲の群衆に言う。
だが先刻からずっと負け知らず、そのうえ無傷で汗もほとんどかいてない彼女の相手をしよう、などという物好きはもう残っていなかった。
「あら、案外だらしないのね」
相手がいないのでは仕方がない。どのみち適度な暇つぶしとファイトに紛れて相手の生気を奪う、という当所の目的は満足が行く程度に果たしたのだ。
フロアを出る直前だった。
「俺が相手になる!」
高い声だった。しかも彼女の頭一つ分程低い位置から響く。観客たちは挑戦者を認めると失笑に包まれた。
相手はどう見てもほんの子供だった。
「本気?」
彼女は視線を彼の位置に合わせて尋ねた。
はっきりと彼はうなづく。
「一人?」
「そう」
どうなることか、と周りは好奇心の目で二人のやりとりを見つめている。
「じゃ、だめね」
「どうして!」
「少年、よく聞きなさい。
第一に、あなたと私では場数が違うわ。
第二に、私は18歳以上の男しか相手にしないことにしてるの。
第三に、私とあなたが闘えば傍から見ればただの弱い者いじめよ。私の主義におおいに反するわ」
「だって、あなたは強い。だから闘いたい」
強い意志の籠もった目でまっすぐ彼女を見つめて言う。彼女が苦手な、だが嫌いではない目だった。
「どうして?」
「強くなりたいから。それもできるだけ早く。それには強い相手と闘うのが一番いい」
「ずいぶんとまた…なにか理由があるの?」
うなづく。
「大事な人を殺した奴がいるんだ。すごく強くて、俺が倒すにはうんと強くならなきゃいけない」
「大事な人って?」
「俺の親父。本当のじゃないけど」
どうやらかなりシリアスな事情らしい。
彼女は悩んだ。
「残念だけど、もう時間もないわ。だから…10年後の今日、ここであなたと闘ってあげる」
ひらり、と観客の中に飛び込む。
「その時までこれ、預かってて!」
着地寸前に彼女は何かを投げてよこした。とっさに彼は受け取る。
彼女の目と同じ、深い緑色のピアスが一つ、手の中にあった。
すぐさま彼は彼女を追いかけようとした。
だが群衆に紛れ、見失ってしまっていた。
「随分と親切なのだな」
たまたま会ったこれまた本物のヴァンパイアが嫌みとも皮肉とも取れる口調で言った。
「あら、のぞき見してたの?私はいつだって親切よ」
「のぞき見とは人聞きの悪い。君に見とれていただけだ。闘う姿があまりにも美しかったのでね」
「やっぱり私も女ね。褒められると気分、いいわ」
「ふむ…ところで、あの勇敢な子供は君の獲物…という事になるのかな?」
「そうよ。先行投資、というやつね。たった十年もすれば貴方なんかより百倍いい男になるのは間違いないわ…あと少しで夜明けよ。
いくらここが何があってもおかしくないくらい猥雑な都市でも、さすがに日が出てるとあぶないわよ」
「それもそうだ」
同意すると彼らは闇の中へ消えた。
COMMENT======================
書いた当時は「まあ、一種のどりぃ夢ってことで…」と思って好き勝手書いたヤツですが。
まさか、会社の方でゲーム作ってバトル可能になるとは思わなかったな…。
(2001 0922)
■ 正面玄関