殺すつもりはなかった。これは本当の事だ。
「…います。情報どおりです」
運転席から双眼鏡をのぞいていた黒いスーツの男が無言で問うてくる。
どうするのか、と。
リアシートで瞑想するかのように目を閉じていたギースはゆっくりと目を見開く。
眠気などは微塵もない、丁度今の時間の空気と同様、冷たく冴えた目だ。
「しばらくここで待機。すぐに済む」
それだけ言うと車を降りる。
この街特有と言ってもいい焼け付く太陽が昇る前の清々しい朝だ。
まだひっそりと静かな公園の広場では親子連れらしい三人が先程からのトレーニングを終えて休息を取っている。
ギースの目当てはその三人のうちの…父親だった。
真っすぐ芝生の広場の真ん中辺りに向かって行く。
まもなく向こうも近づいていくギースに気づき、子供二人をこれから起こるかも知れない危険から回避させるためかこの場を離れさせた。
どのみち父親…ジェフ・ボガードの返答しだいだ。
互いに話ができ、かつ相手をしやすい間合いになる。
「ようやく見つけたよ」
「こんな朝早くからご苦労な事だな。ギース・ハワード(29)地下ファイト主催者さん」
「そこまで調べたのか」
「苦労したがな。その分のエモノはあった」
「…先週ペーパーに載った地下ファイトの写真、か…」
それはギースの力で問題にはさせなかったが、話題にはなった。かなり…刺激的な写真だ。
地下ファイトは某大手ホテルの地下カジノで毎晩開催されていた非合法のアトラクションだ。あらゆる種類のファイト…闘鶏、闘犬、時には人間同士の戦いが行われ、観客が観客なだけあって莫大な賭け金が動く。
ストリートとちがう事はどちらかが死ぬまで戦いが行われることが前提となっている点だ。
ファイターの死亡する現場写真をジェフが撮影し、それを俗に言うゴシップ紙に売ったのだ。それには賭けに熱中する著名人もはっきりとわかる様に写っていた。
「毎日ン万ドルという金が黙ってても転がり込んで来るあんたから見ればハシタ金だけどな、メシ代くらいにはなったぞ」
「あの写真のおかげでこっちは開店休業の状態だ。多分もうだめだな。そこでだ、提案がある」
「ふーん、ようやく本題か。できれば手短に頼む。俺はびんぼー人なんでね。足で稼がなきゃいけない商売だ。あんたと違って忙しい」
「あの地下ファイトを公式競技としてこの街で開催したい」
「例のKOFとかいうやつか」
「…もう知っているなら話は早い。KOFに関しては口出しも手出しもしないでもらいたい。もちろんタダでとは言わない。
KOFはこの街のためになる。外からの金の流入。それにジェフ、あなたのようなストリート・ファイターはもっと質の高い試合ができる。悪い話ではないはずだ」
「でもそれってさ、俺とか街のためじゃなくギース、あんたのためだろ?」
「……」
「確かにあんたの言うとおりの効果があるだろうし、強い奴がここにたくさん来るのは大歓迎だ。だけどな、そんな力のみが支配する強くなくては生き残れない街になってしまったら…子供や老人はどうなる?俺は普通の、ファイターじゃない人間が暮らしにくい、厳しい街にする手伝いやそうなるのを黙って見過ごす気は毛頭ないからな」
「つまり?」
「はっきり言ってNO。丁寧に言うとNEGATIVEってことだ。KOFに関しちゃ口も手も足も出させてもらう」
「…噂では聞いていたが…相当喰えない、いや、人を喰った人間だな」
「ありがとう。ほめ言葉と受け取っておくよ」
「ジェフ、あなたのその強い意志は尊敬する。しかし答えがNOとなるとだまっているわけにはいかない」
「どうする?金で動かないし懐柔できないとなると、あんたらお得意の暴力か?」
「そうなる。私個人としてはスマートでないやり方は好きではないが」
「ならやるな。俺のことはほっといてくれ」
「そうもいかない。あなたのストリート・ファイターとしての力量とこの街を大切に思っている者としての人望、ストリンガーの腕…KOF反対派のリーダーとなるカリスマが十分すぎだ。私の計画をあやうくする脅威になりうる。そうなる前に消えてもらう」
「オイオイ、買いかぶりだ。そりゃ」
「あなたは自分を過小評価し過ぎる」
「そっちがそう来るとなれば…しかたないな…」
ギースが構えるのに合わせ、ジェフも構える。手をポケットに突っ込んでいるだけのようだが全く隙がない。
「でもね、ジェフ、あなたは勝てませんよ」
「?」
「スナイパーがいます」
「ほほう。それであんたが危なくなったら俺をズドン、てか?」
「そんな無粋な事はしませんよ」
にこやかに答えるギース。いぶかしげな表情がジェフの顔に浮かぶ。
「さっきの二人はあなたのお子さんですか?」
「……!」
「下手に抵抗したりしないでください。あなた自身が余計苦しむ。それにこんな爽やかな早朝から子供の死体が転がるのを見るというのは結構嫌な気分ですから」
「…ハッタリだ」
「試しますか?私は別に構いませんよ」
暗い沈黙。やがてジェフはゆるゆると構えを解く。そして吐き捨てるように言った。
「ど畜生が!…汚ねぇ真似しやがって…!」
次の瞬間にはジェフは芝生の上に倒れていた。
口の辺りがぬらつく。手で拭うとべったりと血が着く。肘鉄から裏拳、そして足を支点にして引き倒されたのだ。
恐ろしく速い。
わずかにふらつく頭を抱えて立ち上がる。
「…ひとつ…聞いていいか?」
「どうぞ」
「どうして一撃で殺らない?あんたくらいの腕なら簡単だろう」
「確かに。でもあなたにはできるだけ酷い、それこそ目も当てられない状態で死んでもらわないと困ります」
腕を取り、そのまま締め上げる。
「この街の人々にKOFに反対したらどうなるか、という恐怖を植え付けるために、ね」
鈍い音が響く。締め上げていた腕を解くとジェフは腕を押さえて座り込んだ。掴まれていた方の腕は奇妙な方向に曲がり、骨が飛び出している。
「…悲鳴くらい上げたらどうです?」
ギースの問いには答えない。青ざめ、時たま苦痛に表情が歪む。だが、真っすぐな刺し貫くような視線でギースを見つめている。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
「せめてもの抵抗ですか?それともどこからか見ているかも知れないあの二人に負担をかけないため?」
問いながら、もう一本の腕を折る。それも肩からだ。
「どうでもいいことですね。そんなこと」
たまらず倒れ込んだジェフの足首と膝をそれぞれ踏み潰す。
「このまま放っておいてショック死してもらうのを待つというのもいいんですが…苦しいでしょうから止めを刺してあげますよ」
じっと苦痛をかみ殺して睨みつけ続けるジェフのからだをつま先でうつ伏せに反す。
あの視線は不快だった。
ちょうど心臓の上に足を乗せる。
「…さよなら。ジェフ・ボガード。最後に教えてあげましょう…あなたの言った通り、スナイパーの事はハッタリですよ」
ジェフは何かを言いかけたが言葉にはならなかった。踏み砕かれた肋骨が心臓を刺し貫いたためだ。
強い意志を持って自分を睨みつけていたジェフの目が虚ろになったのを確かめるとギースはゆっくりとした足取りで待たせていたプリマスに戻った。
「済んだ。帰るぞ」
「そうですか…それはそうと、あの二人の子供はいかがなさいます?もしも視線が力を持っていたのなら貴方は刺し殺されるか焼き殺されていますよ」
「…放っておけ」
「しかし…」
「放っておいて構わん。たかが子供二人だ」
「わかりました…完璧主義の貴方らしくないですな」
「私らしくない?」
「はい」
「…そうか」
窓の外を流れて行く景色を見ながら目を閉じた。
運転手とのやり取りのせいか少し疲れているのが感じられる。
そう、あの二人は別に放っておいてもいい。
自分を殺そうとするならそれもいい。ある程度『脅威』というものは必要だ。何もかも順調に行くと人間は気が緩みがちになる。
それにあの子供達なら…これから数年の間、決して今日の事を忘れず憎しみを持続する事ができれば…さぞ強くなる事だろう。そして自分を殺そうと向かって来る。 その事を考えるとゾクゾクしてくる。
恐ろしいからではない。
楽しみなのだ。
