『人と共に』と人々が願い、Con-Humanと名付けられたシステムが
ゆっくりと大気組成を変え、気温を下げるという
降り積もる雪の如く静かな虐殺を地球規模で開始し
人間 たちが地球を放逐されてから
半世紀以上経った頃
ミーティングルームのドアを開くスイッチを押す。ドアは開かない。思わずため息が漏れた。建造から数十年も経った戦艦だ。かなりガタが来ている。そしてこの艦が完成してから二、三年後から今まで絶望的な戦いが続いている。資材や技術は戦闘施設に優先的に回されるため、居住区域の施設は一度壊れるとそのまま、というのがよくある事だった。
五回、それぞれ力加減を変えてスイッチを押す。六回目にしてようやくドアは開いた。
それほど広くはない部屋。その中には小さな、頑丈さだけが取り柄のテーブルが一つ固定されている。そしてそれを取り囲むように配置された椅子が数脚。ドアを開けてすぐ右に背筋を張り詰めた弦のように伸ばして座っている人物を目にした瞬間、私は凍りついた。
それに気づいたかとうかはわからないが、正面にいる技術司がボソボソと消え入りそうな声で言う。
「…これでCLSプロジェクトの…生体部分関係者が全員そろったな」
全員、と言っても三人だ。
「この人が…?」
私の視線の先にいる、青色を基調としたパイロットの制服に身を包んでいるその人物は軽く会釈すると静かな、だがはっきりとした口調で言った。
「CLS被験者を希望した如月零です」
真っすぐな、深遠を思わせる黒い目。
私が先刻、心臓に冷水を浴びせられるような衝撃を受けたのはこの如月零と名乗る目の前の人物が女性だからとか、まだ若いからというものから来たものではない。
女性のパイロツトは戦争が日常であるこの世界では珍しいものではない。たとえ子供だろうと動き、考え、判断が出来る限り艦隊の人間は何らかの形で戦闘に参加する。
私が驚いたのは…彼女の事を知っていたからだ。
数年前。
そこは居住区の中でも重要なエリアの一つだった。 病院の人工子宮室。細い通路を挟んでぎっちりと人工子宮のチューブが立ち並んでいる。赤ん坊用のチューブなので大きさはそれほどでもない。そのなかの一本の前で私と数人のシルバーグレイの作業服を着た人間が睨み合っていた。そう、シルバーグレイの作業服だ。マーキングは赤。有機・生体物の技術司たちだ。私も含めて。
睨み合いの原因は私のすぐ後ろにあるチューブだ。
チューブについている小さな窓から中に透明な液体がなみなみと満たされているのが見える。そしてチューブにはカードが付けられている。カードがついている、と言うことはこの人工子宮は現在使用されているわけだ。
カードにはこう書かれていた。
『01680227受精 No.100 As系』
これらの記号は何時にストックされていた生殖用細胞を解凍し受精させたか、その月の何人目に受精されたか、どこの系統の生殖細胞かを示す。Asはアジア系だ。
あと二カ月もすれば子供用のチューブに移され、眠っている間に圧縮教育が施される。普通ならば。
私の向に立っている技術司の一人がざらついた声で言う。
「それを処分するんだ。ドク」
「拒否します」
私のこの言葉に、大量の応酬が来る。
「ドク!」
「『欠陥品』にムダを費やす時間も資材も我々には無い!わかっているのか!」
「その子を見ろ!脆い骨格、この時期にしては循環器系が未発達なのはだれが見ても明らかだ」
「人工子宮を出たら長くは生きられない…そんな子をどうして育てようというのです?」
「処分して移植用に回してしまえ。いや、欠陥があるからバイオリアクターに…」
最後の言葉に、私は切れた。
バイオリアクターだと?この子をあの有機物分解用のタンクに放り込んで…食用の合成タンパクにでもするつもりか。生きているのに!
わめき出すのではないか、と自分で思った。だが口から出た私の言葉と声は自分でも意外な程、静かだった。
「…解っていないのはあなた方だ。今の…この人工子宮で子供が作られるようになってからのことをあなたがたは知っているのか?いくら子供を大量に作っても戦場で大量に死んで行く…」
「仕方の無いことだ」
「仕方が無い、だと?戦う相手が機械システムの戦争では仕方ないのか?大量に死ぬからさらに大量に作っていく、とんでもない悪循環だ」
「ドク!」
「このペースでいったら数年後には生殖用細胞(セル)のストックが底をつく」
「……」
「作るよりも死ぬ方が断然早いからな。ただでさえそんな状況だっていうのに、骨格と循環器系が未発達だから処分して再利用だと?0.89Gの低重力環境で育てばそれに対応して筋肉も心臓も骨も弱くなって来る、それは予想されていた事だ」
「しかし…ここまで酷いと…」
技術司がしつこく言いつのった。
「この子は育てる」
対して私は断言する。さらに続ける。
「あと二カ月したら通常どおり子供用のチューブに移す」
もう誰も何も言わなかった。あきれていたのかも知れない。
一人、二人とその場を立ち去る。
最後に女性の、技術司の中でもベテランの一人が残った。私をじっと見つめ、小さくため息をつく。チューブの中を見つめ、まるで私などそこにいないかのように言った。
「…やっぱりこの子、長くは生きられないわ…あまりこの子に入れ込むと後悔するのはあなたよ、ドク」
それだけ言うと彼女は立ち去った。
彼女の言葉、その意味。
解っていた。
子供用のチューブに移されたあの子には通常どおり圧縮教育が施され、適性があったのでパイロット・クラスに振り分けられた。基本教育が終わり、チューブから出てくる受精から数えて三年後。
地球で自然に成長した人間ならまだ二才の、ほんの幼児なのだろうが…現在は『速成』がチューブに入っている間に施されるため、出てくる時は約14.5齢の肉体を備えている。
結局、骨格と循環器が未発達のままだったあの子供にはチューブを出た途端に手術が行われ身体を補強された。
私はあの論争の後からずっと、チューブの子供達の世話をしながらも論争のきっかけとなった子供の事をなるべく考えないようにした。
パイロットに振り分けられてからはできるだけ、無視するように努めた。
パイロットという職種。
弱い身体。
長くは生きられないと言った技術司。
私はあの子供が何時『死んだ』と聞いてもつらい思いをしないように、あの子供を愛さないようにしてきていた。
当人に再び会う、今の今までずっと。
「始めは視覚・聴覚などの感覚器の拡張だ。センサーで拾ったデータを脳の感覚野に直接送り込めるように接続用の端末子とフィルターを取り付ける。生身の肉体による視覚の認知は200度の視界が限界だが、拡張すれば360度の全方向が常に認知できるようになる」
私は如月 零のカルテを見ながらこれから彼女に行う手術の概略を説明する。彼女は一言も聞き漏らすまいとじっと私の説明を聞いていた。
最後に私は彼女に尋ねた。
「これはまだ最初の段階だ。様子を見てさらに強化・拡張の手術がこれから先、数度に渡って行われるだろう。君の身体がどんどん機械化していく。それに手術は不可逆的なものだ。生身の身体には戻れない…耐えられそうか?」
如月 零は深い、深遠(アビス)を思わせる眼で私を真っすぐに見つめてはっきりと答えた。
「大丈夫です」と。
さざ波のように穏やかな表情が拡がる。
技術司としての私を信じ切っている、という想い。
私は彼女を愛さないままでいる事にした。