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正しい吸血鬼の殺し方


「ひとつ…言っていいかね、モリガン?」
 横たわる自分の体の上に横座りで乗っている女、しかも極上の美女に向かってデミトリは言った。
「どうぞ」
 正常で健康な人間の男ならその声で命じられれば自ら死ぬことも辞さないであろう、と言う程甘く、艶を含んだ声だった。彼女の一族は生れつき異性を惑わせ、言いなりにする術を身に付けている。姿、しぐさ、声、すべてにおいてだ。
 だがデミトリは惑わされなかった。何故なら…
「普通、サキュバスの君が、相手がヴァンパイアでも男の寝室に入って来る時、それも現在の私と君の位置関係からして…することはひとつだと思うのだが?」
「そうね」
 唇になまめかしい笑みを浮かべて彼女もそれには同意する。
「…だから、その手にしている物騒な物を捨ててくれないかね?」
 モリガンの手には白木で作られた杭が握られている。しかもそれは正確にデミトリの心臓の上に突き付けられていた。
「だって、ニンニクも十字架も鏡も聖水も太陽の光も効かないとなれば…これしかないでしょう?」
 モリガンの言うとおり、デミトリは一般にヴァンパイアが苦手、あるいはヴァンパイアを殺すとされるそれらのものは全く平気だった。
 いや、平気、というわけではない。ほんの少し苦手といった程度である。
 元からそうだったわけではない。
 モリガンの家系の始祖…今では『御大(グラン・マスター)』と呼称されるベリオールと魔界の覇権をかけて、激しい闘いをした時。結局デミトリは敗退、人間界に追放された。
 これが100年前である。
 以来、時たま館に迷い込む者や彼の正体にたまたま気付き、ヒステリックに殺そうと付け狙う人間の相手や何だかんだで…慣れてしまったのだ。
「そもそもどうして君がこんな事をする?君のグラン・マスターとのことでまだ決着の着かない事が何かあったかね?」
「御大は全く無関係よ。わたしがやりたいからやってるだけ」
「何だと?」
「だって退屈なのよ。

 堕落のさせがいのあるいい男も『狩る』に値する夢も最近めっきり減ったし、そのせいでみんな城から出ようともしないわ。夜ごと陰気に『昔は良かった…』と延々と語り合ってて、半ば無理矢理それを聞かされるわたしの身にもなってよ。御大は奥に引きこもってるし。魔界全体はうちとドーマとヴォシュタルの三すくみ状態、戦争を起こそうなんて思い切ったとこも今の所ないし、あんなとこにいても欲求不満が溜まるだけよ…だったら人間界に来て、最強と言われるヴァンパイアをおもちゃにしてる方がよっぽどおもしろいわ」

 一気に言い終えると息をつく。結局、『暇潰し』という事らしい。
「…重症だな…そのうえ不毛極まりない。欲求不満のはけ口に同じ闇の係累を殺そうとするとは…」
「わかってるわよ。同じ人間を『食糧』とする者なのにばかなことしてるって。それに貴方は一度死んで黄泉帰った者よ。殺そうとしても死ぬわけはないわ」
「それはどうかな…」
「…え?」
「実は、心臓に杭を打ち込むのだけは今までやったことがないんだ…」
「……」
「人間として死に、闇の者、ヴァンパイアとして黄泉帰ってもう500年以上…いいかげんあきたからな。君のような美女の手にかかって死ぬなら…そう悪い物ではあるまい。遠慮なくそれを打ち込みたまえ」

 かすかな驚きの表情が彼女の顔に浮かぶ。奇妙な沈黙が数瞬、流れた。

「……たわ」
「何?」
「抵抗くらいしなさいよ。逃げるとか。今夜はもう興ざめしたからやめるわ…じゃあね」
 そう言ってモリガンはデミトリの上から優美とも言える黒い肉質の翼を広げ舞い上がる。
 半開きの天窓から出て行く直前、彼は言った。
「モリガン」
「なに?」
「また暇になったらここに…人間界に来ればいい。おもしろくはないかもしれないが、少なくとも暇潰しにはなるゲームでも用意しておく」
「…本当?」
「ああ。約束する」



 後に、彼はこの時の約束を後悔することになる。



COMMENT================================

 追記メモ。(2001 0923)
『VAMPIRE』という言葉はセルビア語。
否定前綴vam=ない と pir=飛ぶ の合成語。

 ヨーロッパ には古代ギリシャ時代から
「夜に徘徊し、血をすする」怪物の伝承が多いが古代ギリシャ時代にはいずれも正体が鳥(ストリックス)やカマキリ(エンプーザの正体)のように『羽根が有って、飛び回る』。

 キリスト教の広がりとともに、鳥もカマキリも人間化し、羽根はマントのような痕跡だけになったのがVAMPIREか?
 血をすする怪物のデータは回収していくと面白い。




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