LEAVING THE WORLD BEHIND
潮。そしてヤニのキツイ葉巻の匂い。
雨に濡れたせいか、それとも空気が湿っているためか。
匂いが一層きつくなったように感じる。わたしの上官の纏っている匂い。
あまりに匂うので「相手の船影を見つける前に、匂いでこちらの位置がバレます」と。
3割冗談、7割本当の事を指摘すると大佐はすぶ濡れの上着を脱ぎ捨てて『CLEANING』と書かれた布袋に詰め込む。今は船の中なので、ローグ・タウンの庁舎に居るときのように業者が回収しに来てクリーニングする事は無い。
大佐自身か誰かが暇を見つけて洗濯。
忘れてしまったら…それはそれで悲惨な事になる。
軍の、支給品の制服なんて消耗品だけど。ヤニと潮の臭いにまみれてカビが生えて腐っていく服。その様子と発するであろう臭い想像するだけでゾッとする。
「…洗っておきます」
袋に詰め込まれた彼の服を取り出す。無造作に詰め込まれた服を無造作に取り出したせいか、案の定ポケットの中身や何かがバラバラと床にこぼれた。
まだセロファンの封が切られていない葉巻。
ブラスのライター。
バタフライナイフ。
グランドラインの荒波を受けて揺れる船室の床を滑りながら、散らばった物たちが動く。
そして何か、パラパラと軽い音を発てて床に散らばった黒っぽい粒。
「………?」
一粒、指でつまんでよく見る。
そんなゴミ、棄てておけ、と大佐の怒鳴り声。
何かの、植物の種。
「ニセアカシアの種だとさ」
落ちたライターを拾いながら、一粒の種に見入るわたしにあきれたように大佐が言った。
「てめぇみたいな泳げないエセ海軍人はとっとくたばって木の肥やしにでもなれ、とかぬかして昔付き合ってた女が寄越しやがった」
「大佐、服に入れて持ち歩いているぐらいに大切な物なのでしょう」
だったら尚更。
散らかしてしまった種を、集めないと。
「ほっとけ」
「でも…」
「おまけに、そいつを寄越した女は『アンタには雑草並に何処でも生えて刺々しいニセアカシアがお似合いよ』だとさ」
「大佐は…ニセアカシアの花がどんな花か知ってますか」
「んなこと知るか」
「上質の蜂蜜が採れる、いい匂いの綺麗な花ですよ…大佐には似合うと思いますけど」
「………たしぎ」
「はい」
「アホな事ぬかしてアホなゴミ拾ってる暇が有ったらもっと他にやるべき事をやれッ!」
「も…申し訳ありませんっ!」
脱兎のごとく、潮とヤニの臭いの染みついた上着を抱えたたしぎが居なくなった事を確かめて大佐は床から拾い集めたニセアカシアの種を狭いデスクに固定した灰皿に入れた。
上着に入れていた葉巻がセロファンのおかげで湿っていない事を確かめる。
セロファンの封を切り、手に馴染んだバタフライナイフを開く。
ナイフで葉巻の片端を切り落とす。
潮で錆びないから、という理由で使い続けているブラスのライターで火を点け、狭い船室をヤニの匂いで満たす。
灰皿に灰を落として、種が芽を出すことの無いように焼く。
たしぎやニセアカシアの種を寄越した女の甘い匂いが少しばかり薄れた気がした。
COMMENT====================================
葉巻と言うと、うちの祖父(ヘビィスモーカー)の葬儀の時に故人愛用の眼鏡等と共に納棺。
それを見ていた弐号の弟君が「スマキ、一緒に入れるの?」という問題発言。
「弟君、コレは葉巻。スマキは重りをつけて東京湾に沈めるモノだよ」と壱号(弐号の相方で妹)が即答発言。
どちらもマジ。周囲の空気は葬儀だからシリアス。
笑えねぇ。笑うに笑えねぇ想ひ出しかありませんが。
着火シーンが有ったかうろ覚えですが、大佐はブラス(真鍮)のオイルライター使用と推定。海軍だから。
バタフライ・ナイフは海軍が全兵員に支給と推定。海軍、しかも帆船だから。
日本刀(しかも太刀)装備の海軍だから小柄で葉巻の吸い口、切ってそうですがバタフライ。海事作業関係の仕事の人が「片手で『開け』て」「(足とかに絡まった)ロープをブッた斬る」為に作ったナイフだからバタフライ採用。