|
配布プログラム 安全、快適、幸福なライフスタイルを提案し続ける『レーヴェンス・ヴォルン』。 |
数日後。
「いらっしゃいませ・・・おや、リクドウ様」
「やあ。新しいのが゛入ったと聞いてね」
「それで今日は奥様もご一緒に?」
「ええ。その・・・お恥ずかしい話ですけどこの前いただいたの・・・壊れてしまって・・・」
「お気にかける事はございませんよ。練習用、なのですから。本番で失敗しないよう、また練習すればきっとうまくいきます」
「そう・・・そうね」
「立ち話というのも何です。アフタヌーン・ティーの用意が出来ておりますので、サロンの方へどうぞ」
「いい匂い・・・アールグレイね。この店は他の店と全然感じが違うのね」
「他の店、ですか」
「そう。暗くて、地味で、隠れて行かなくてはいけない、そんな感じ。でもここは明るいし、内装もきれい。音楽が流れていたり本物の植物がさりげなく飾ってあったり、サロンにいるとまるで・・・ホテルかレストランにいるようよ」
「ありがとうございます。わたくしもここに務め始めた頃は驚きました。会長が『何よりも先ずお客様がくつろげる場所にする事だ。そのためなら手間、暇、鍛錬を怠るな』とおっしゃられて・・・お客様に喜んでいただけると嬉しくなります」
「『安全、幸福、快適』がこの店のモットーだったな」
「その通りでございます。ソラリスでは2級以上の市民は幸福になる権利が保証されております。当店はそのささやかな手助けをする・・・お客様の喜びのお声を聞くことが我々の幸福でもありますから」
「幸せ、か」
「わたしたち、幸せに・・・普通の人たちみたいに完全な家庭が作れるのかしら。結婚、までは上手くいったけど」
「・・・育児というのは容易い事ではございません。誰しも最初からは上手くいきません。プロのベビーシッターでも当店の商品で練習に練習を重ねて、試験に臨んでおります」
「そうなのか?」
「ええ。お客様の秘密厳守が規則のため、お名前を明かす事はできませんが」
「安心したわ。私たちも練習すれば大丈夫かしら」
「もちろんですとも。で、本日はどのような商品を?」
「キンダーだ」
「練習用に丁度良くて・・・前のみたく落としたり倒れたりしても壊れないのがいいわ」
「かしこまりました。それでしたら・・・六ヶ月から一齢くらいのがよろしいかと。ケースをごらんになりますか?」
「頼む」
「お願い」
「こちらへどうぞ」
「あいかわらずここのはきれいに管理しているね」
「ケースもきれいだし、揃えもいいわ。明るくて見やすくて、清潔。臭いもしない。服を着せたりして商品が見えないようになっている店なんて最低よね。でもここのは違うわ」
「恐れ入ります」
軽く頭を下げ、店員は夫妻の後ろに控えた。鬱陶しく無く、困ったときには質問などが出来る、絶妙な距離。
夫妻はケースの間を腕を絡ませて仲睦まじげに、中身を見ながらゆっくりと歩みを進めている。
やがて、奥方の足があるケースの前で止まった。
「あなた、あれ・・・」
奥方が指さした先を夫君が見遣る。夫君の顔がわずかに曇ったのが店員には感じられた。
「もっと綺麗で見栄えがいいのがたくさんあるだろう?それにかなり大きいぞ・・・」
「でも私たちに全然似てないわ。黒い髪、黒い目、象牙色の肌なんて。壊れてしまっても勿体ないとか考えなくて済むし・・・カタログで気になっていたけど、やっぱりあれがいいわ」
「そう・・・だな」
奥方は乗り気だが、夫君は迷っている。
タイミングを見計らって、影のように付き従っていた店員は手にしていたリモコンのスイッチを操作した。
透明だったケースの表面に文字が浮かび上がる。
a@1922
1齢2ヶ月13日
787.5mm:17.8kg
髪:黒(ストレート)
目:黒
肌:イエロー
出自:第三階層・第11牧場
「牧場産ですので検疫も済んでおります。地上物と違い、きちんとブリーディングが行われた物です。ご入り用でしたら血統証明書の発行も簡単に行えます」
「あなた、やっぱりこれがいいわ」
「大きすぎないか?壊れた時はわたしでもこの前みたいにダストシュートに入れられないぞ」
「1齢を越えてますので簡単には壊れませんよ。練習にはぴったりです。それに、壊れた場合は当店で引き取りに上がってこちらで処分が行いますので心配ご無用です」
「ふむ・・・要らなくなって壊そうとしても壊れなかった時は?」
「当店のオプションで薬や去勢手術、埋め込み式のマシンがございます。
改造を行って、お子さまの護衛、遊び相手、ペットになさる、というのはいかがでしょう。あるいは手ずから訓練・調教なさって『使って』みるというのも一興です。そのためにお買いあげのお客様も多いですし」
思案するように顎に軽く指を当てながら、夫君はゆっくりと笑った。
「それはそれで・・・面白そうだな」
「あなた、これにしましょう」
無邪気で屈託の無い笑みを奥方は夫君に向けた。夫君はそれに応えて微笑み、奥方に頷いた。
何て幸せそうな、仲睦まじい夫婦だろうと店員も感心する程の笑み。
この時代に古風な、と言われるが高級感を好む客には人気のある紙の契約書と万年筆を店員は取り出した。
「では契約書にサインを・・・登録用の名前はいかがなさいますか?」
「フーガ・・・いや、ヒュウガとでもしておいてくれ」
「登録と鑑札、ネーム入りの首輪が出来次第お届けに上がりますが?」
「そうしてくれ。ここの仕事にはいつもながらソツが無いな」
「恐れ入ります・・・お買いあげありがとうございました。
またのご来店、心よりお待ちしております」
店の外まで見送り、腕を組んで立ち去る夫婦の背中に店員は深々と頭を垂れた。
受付に戻った員は手にしていたリモコンを操作する。
ケースに『売約済み』の文字が現れた。
-----------------------------------------------------------
Comment
…ソラリスってこんな国かなーという…それだけです。
最初に書いたXeno話だったとうろ覚え。
寒くて乾いたソラリスの話が書きたかったのです。この時期は。
■ 正面玄関