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 このACに乗らなくてはいけない。



 初めて見るはずなのに、懐かしいディスプレイのレイアウト。
 武器、兵装パーツリスト。
 初めて見て乗るはずなのに、俺はこのACの状態…細かいクセ、サイトの形状、飛び道具の射程を…知っている。


 手がかりは、恐らくこのAC。



 ある日、眼が醒めて。
 俺は今居る部屋は自分の部屋だ、というのは解ったが、昨日のことさえ想い出せない状態になっていた。
 昨日まで、一体何処で何をしていたのか、何を食べたのか。どんな服を着ていたのか。
 ごく簡単な事さえ想い出せない。
 酷い頭痛と、身体の節々の痛みだけを感じた。


 何か、名前だけでも思いだそうと焦っている時だ。

「メールが届いています」

 チャイムと共に、テーブルの端末が告げた。
 藁にも縋る気持ちでモニターに触れる。

 現れたのは「RAVENS NEST」のロゴ。
 ロゴを取り囲むように配置されているアイコン。

 知っている。

 覚えてはいないし、思い出せないが、俺はこの画面を見たことが有る。
 ガレージ、メール、ミッション、ショップ。総てのアイコンを見たことが有る。
 メールの宛先を、そこに記入されているはずの俺の名前を見る。

「強化人間 329号」

 冗談にしては、キツイ。それとも、俺は夢を見ているのか?
 俺は眼を開いている。念のため自分で自分の顔を殴ってみた。
 鈍い痛み。
 何度も殴ると唇が切れたのか、錆びた鉄の匂いが鼻腔に届く。テーブルに唾を吐くと血が混じったせいで透明な色に褐色が交じったマーブル色をしていた。


 俺は、眠ってはいない。眠っていて夢を見ているわけでは無い。…が。
 眼を開いたら、悪夢が始まっていた。

 眼を開き、痛みを感じても醒めない夢が。 







 目覚めた初日は違和感の有った名前。
 おかしな事だが、数日で「強化人間329」には慣れた。ただのメール送受信用アカウントだと思ってしまえば違和感はすぐに消える。
 だが、無視してもつきまとう違和感が有る。自分に何が起こったのかが解らない、恐怖に俺は怯えている。
『無知』という恐怖に。
 何が起こったのか知る手掛かりを得るためには動かなくてはいけない。RAVENS NESTに登録されているなら、レイヴンとして動くというのが自然に見えるだろう。
 俺はどうやら記憶がなくなる前、「強化人間 329」という名前になる前からレイヴンだったらしい、という事は解った。
 狭い、ヘッドセットを着けないと感じ取れるのは計器の僅かな明かりと身体に伝わる機体の振動だけの…ACのコクピットに居ると懐かしいような感じがする。

 ただ単に、母親の胎内に居るような疑似体験を感じているだけなのかもしれない。

 とにかく、俺は知りたかった。
 俺の名前を知りたい。本当の名前を。
 あの酷い頭痛と身体の痛みで目覚める日の、以前にあったはずの名前。

 記憶を。





 だが、手掛かりを掴もうにも何も無い。
 手がかりを捜そうともがくほど、この街アイザック・シティの都市構造が手がかりを掴めない街として作られたように思えてきた。
 大破壊で、人間が居住地を大破壊で用いられた兵器で汚染された地上から、地下へ地下へと開発を続けた結果。
 出来上がったのは複雑で巨大な迷路。
 蟻の巣のように、開発を行った企業ごとに分かたれたブロックと階層、通信、空調、採光ネットワークが走るビーハイヴ構造。
 それらの間を繋ぐ高度に発達したコミューターとRAVENS NESTのようなネット組織。

 本当の名前を探している時。
 レイヴンとして、ACを駆り、仕事をしている時。
 任務を依頼された企業から届いたメールを見るとき。
 ネストのマネージャーから届く情報。
 ネットでガレージのアイコンをクリックし、セットアップのリストを入れておけば次の仕事にはガレージに指定通りの武装やペイントが施されたACが俺が乗り込むのを待っているのを目の当たりにする時。
 此処アイザック・シティだけか、他の都市もなのかは知らないが。
 ビーハイヴと一般に呼ばれる都市構造は人と人が直接会わなくても便利で快適な生活を送れるように設計されている。

 自宅の外に出ること無しに生活出来るのだ、この地下都市では。



「ひょっとしたら、この街で生きている人間は俺だけで、他の人間なんて実は初めから、大破壊の時から居ない。みんな死んでいる。そしてACやMTが都市を創り、機能を維持し、システムとしての企業がRAVENS NESTに組織を維持するために俺はレイヴンとしてACに乗っている」とさえ思えてくる。


 ACで任務に出て、一時的にだが協力したり、相対する任務で敵対し、RAVENS NESTのランキングリストから名前が消滅して二度と名前を見ることの無い他のACとレイヴン。
 任務で「当た」り、他のレイヴンのACや操縦のクセは知っていてもパイロットその者に遭った事、見たこと、通信機を介さず会話を行う事は無い。
 通信機の向こうに居るのが肉の身体を持った人間か、怪しいと思う。
 会話だけの反応なら、人工知能だって出来るし、ビデオには適当な人物の画像を貼り付けて置けばいい。
 俺以外の誰か…誰でもイイ。
 情報を、俺が何者なのか知ること以上に俺は誰か…とにかく人間に、会いたい。
 生で、通信機や端末でのメールではなく、直接会って話をしたい。
 このヘッドセットを介して俺の視覚に入ってくる映像で動く物といったら…MTやAC、兵器用に作られた人工生物、警備装置の群れ、各種物資の搬送コミューターばかりだ。

 「活きた」人間の、純粋に人間の生活している気配が無い地下の街並。設備。
 いっそ、総て壊せば建物やコミューターから活きた人間が逃げまどって出てくるか、と。半ば自暴自棄な気持ちで今回の任務を取った。 



 「住宅地を破壊する。警備が出てきたら応戦、回収時間まで破壊を続ける事。警備AC・MTの破壊台数に応じてボーナスを支給」という内容。

 路上に停めてあるコミューター、警備MTを破壊していた矢先。
 警告音が響いた。

「らんかーAC接近
機体名 う゛ぁるきゅりあ 」

 ヘッドセットが無機質な音声で告げる。
 ヴァルキュリアの名前はRAVENS NESTのランキングでほぼ常時『ナインボール』『ファフニール』と共に安定してトップに位置していた。
 迎撃・応戦して旨く仕留めればボーナスとRAVENS NESTでのランキングが確実に上がるだろうが。
 ランキングどうこう以前に、俺のACの弾倉は残弾数が10%を切っている。
 逃げようとしたが。

 視界に入ってきたのは白灰色のAC。装甲の代わりに機動力を重視した軽量型。
 疾い。

 右に装備している銃の死角となる3時方向に回り込まれた。
 至近距離から連射の効くバルカンを撃ち込まれる。
 映像が切れる。俺自身の左足に灼熱のような痛みが走る。
 頑丈なコアを貫通して来た弾丸が、脚に来ている。
 ヘッドセットがイかれた闇の中で音声が。

「機体・破損
 ぱいろっと ニ 異常発生」

 出血の脈動で、ガタガタ言っている頭にやたらと響く。
 音声以外、感じられるのは闇だ。
 眼を開けたまま、眠れそうなくらいドロドロと暗い闇の中に俺は居る。ヘッドセットが重い。
 今まで眼を開いて見て、聴き、感じていた事。

 人間の匂い、気配が全くない街。
 独りきり、という感覚。
 思い出せない記憶。
 それらが眼を開いたまま見ていた悪夢だとしたら。

 今、この闇の中で眼を閉じたら、悪夢は終わるのだろうか。
 闇の中で、俺は眼を閉じる。











 感じたのはやはり、音だった。
 外部から強制解除でコクピットが開く音。吹っ飛ぶ音、という方がより正確か。
 眼を開けたがヘッドセットを着けたままなので暗闇のままだ。外そうにも手が動かない。
 感じられるのは音声だけだ。

「いけそうか?」
「上々です。
強化処置レベル1、サンプル・ナンバー329、回収」
「外傷の手当と。輸血。本社にオペの用意しておくように連絡」
「レベル2の処置を?」
「やる。サンプルはいくらいても足りないくらいだ。ほとんどのサンプルがレベル1処置で逝かれるからな」

「AC、ヘッドセットの接続ケーブル、切断っと…」
 

彼らが何の事を言っているのか、俺にはよく解らない。

 処置?
 レベル2の処置を行う?
 つまり、俺はレベル1の処置とかを受けてあって、それで…。
 処置を受けて、記憶が欠落していたのか?
 消去されたか、副作用で?

 レベル1の処置…それで俺は記憶を無くした他に、何が変わっていたのだろう?
 それとも、俺ではなく世界が変わっていたのか?


 上腕を掴まれコクピットから引きずり出される。
 他人の腕の感触。

 俺以外の人間。
 人間だ。人間の腕。俺以外に、この街には人が居る。
 どんなヤツなのか、見たい。なのに、奴らは俺からヘッドセットを外さないまま何かの台…恐らく、ストレッチャー…に乗せる。

「ま、死なないだけメッケもんだ。喜べ。
 今度の処置でアンタも強化の代償に消去されたモノを求めて発狂しちまうのかね…」

 俺は姿が見えない、だが近くに居るこの人間達に訊きたい事が有る。
 話したい事も。
 なのに、俺は口を開く事も出来なかった。









 ヘッドセットが外された時に目に入ってきたのは手術灯のまぶしい、7つの白い円。
 頭が固定されているらしく、コレしか目に入ってこない。
 麻酔がかけられているらしい。
 周囲の金属が触れ合う冷たい音、数人の人間が歩き回っている足音、ボソボソと会話をしている者の気配を感じるが、首を動かして音の方向を見ることが出来ない。

 この街、コノ世界には俺以外の人間が居るのかしれないが。
 感じられたのは気配の…音声、触覚のいずれかひとつだけ。



 だから幽霊だったのかもしれない。

 俺か、あるいは『彼ら』、どちらか。あるい両者ともが。



 それでも、この世界、この街には俺以外の『他者』が居る。それが解っただけでも俺の感じていた無知という恐怖が遠い感覚になる。

 次に眼を開けた時は、もう少しマシな夢が始まっている事を、俺はまぶしく光る手術灯に向かって祈る。













 もう少しだけ、マシな悪夢を、と。












 俺が『憶えて』いられたのはここまでだ。














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 「累積借金5万Cr↑につき、身体で返済しやがれ」イベントネタです。
 弐号はあのイベント見たさに借金を積み立て続けた莫迦プレイヤー。


 与太話ですが。
 ACって「大きくない」というイメージが有ります。公式設定画でコクピットを「開けている」状態の絵が有ったのですが、アレを見て「乗機」というよりも「ゴツくてデカイ特殊作業服」という感じを受けてます。
 どのみち、「戦闘という実用一辺倒機械のコクピットが広くて居心地がイイ訳無い」という偏見を弐号は持っています。
 というわけで、文中のACはコクピットにモニター無し、ヘッドセットのゴーグル部分に映像情報は映す形式にしてます。
 『2』もヨイですが、なんだかんだで初作の出来の良さが気に入ってます。

 初作のランキングはアリーナでの勝ちランクでは無く、任務達成度ランク。ただ、任務中でぶち当たって壊したACの名前がランキング表に二度と出てこないことで感じる「…死んだ…殺してしまった…」という乾いた罪悪感。
 敵対している企業それぞれから「某施設を守れ」と「某施設を襲え」という正反対の任務以来が有ったり、任務の途中やメールで世界の状態が僅かだけ解る。

 ストーリーや世界の全部を見せない、教えないのがいい感じです。


(2000 1115)