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Optical

Double

 

 視界は闇に閉ざされていた。先刻の戦闘で、視神経のコードが切れてしまっているのだ。何も見る事が出来ない闇の中を不快な音が駆け回っている。
 ザラザラ…という鋼板に何万もの鉄塊をぶちまけるようなその音。ノイズが混じった警告と危険状態を示すパルス、そして血液が流れる音だ。
 脳が血液と酸素を求め騒ぐ。灼け付くような熱が痛みを伴い脳に叩きつけられ続けていた。
 痛み…『痛み』、だと?
 ばかな。

 脳はもともとそれ自体が痛覚を感じることはない。

 そして現在の私の躯は機械でできている。『機械』は痛みを感じたりしないはずだ。
 一体何だ、これは?この凄まじく不快で、どこかで感じたことがあるようなこの感覚は?修理が済めば消えるのだろうか?
 かすかに、機体全体の揺れが伝わってくる。接続端子が絡み付く感触。間延びした声が脳の中に割り込んで来た。
「わーろっく・しすてむ、はんがー内ニ収容・磁束わいやーデ固定完了…」
 パイロットの私の異常を感知した外部支援・管理システムのDIVAが自動的に着艦からのやるべき事、普段ならパイロットが行う作業をこなしていくのが感知できる。
「機体損傷率67.52%、ぱいろっとハ生存…」
 DIVAのチェックに反応して修復の為にハンガー内は特殊な粘質の液体で満たされる。液体には無数のナノマシンがコロイドとして溶け込んでいてそれらがマシンの隅々に取り付き、『傷』を埋めていく。
 いつもなら鎮静をもたらすその作業が終わりに近づいても不快感と痛みは引かない。かえって鮮明になったような気がする。
「…酷い戦闘だったのですか…神経系のシステムの損傷が激しいです。それに脳波がまだ乱れ続けています。何かあったのですか?」
 DIVAの問い。修復が大分進んでいるらしく、明瞭でやわらかなアルトのボイスが聴覚野に直接響くようになった。
「戦闘は…いつもどおりだ…それほどでもない。なのに…なのに何なんだ、この不快感は…」
 わたしの答えるのをDIVAがじっと待っている。
 この混乱、痛み、不快の始まりは…そうだ、アイツ…敵の、VAのパイロットだ。戦闘中だというのに無理矢理ワーロックのシステムに介入して、私のことを知っているかのように話しかけて来た。だが私は彼を知らない。解らない…何者だ、アイツは。そのことを考えると脳が灼けつくような痛みを感じる。痛みなど無いはずなのに痛む。それでも、私はあの声を聞いたことがあるような気がする。何か、私に対して何かを言ったのだ。あの声で…『まるで…』そのあとに何か続いている。何だったろう?わからない。

 思い出せないこと。
 解らないこと。
 自分の知らない、何かをあの敵は知っているらしいということ。

 それらがもどかしく、不快で、私の中に混乱と苦痛を引き起こす。心を騒がせ、苛立たせる何か…。
 DIVAにどうやってこれらを説明すればいいのだ?





 連合艦隊・整備格納庫。


「ただでさえ装甲が剥き出しの部分が多いってのに…直戦で派手にやったらしいな…まったく…」
「相手に見無ぇ型のVAがいたらしいぜ…」
「人間型でガルディンより一回り程でかいくせに飛ぶってやつか?」
「冗談かよ、オイオイ…」
 装甲板が剥がれ、立っているのが奇跡としか思えないほどフレームの歪んだVAを見上げてこれ以上壊れないように固定する作業に当たっていたメカニック達がぼやいた。
 戦闘があれば、VAはここ格納庫から引き出され出撃する。出撃し、戦闘を行ったVAは当然ながら傷を負う。
 その当然のことを、あまり快く思わない人々がいる。
 専属のメカニックたち。
 彼らは担当のVAをそれこそ家族のように世話をする。常に『健康』で『機嫌の良い』状態にしておいて時々、戦闘があれば『家族』をパイロットに一時貸し出しするのだ。
 そしてパイロットは当然のように『家族』を傷つけて自分らに返しに来る。
 仕方がないことだとわかってはいる。
 だが、傷を負わせるのは必要最小限が望ましい、とブラッディアーマー隊専属のチーフメカニック・バーンズは思っている。
 大規模な改装や修理を行う、VA格納庫でも特別のエリア―メカニック達が『完全に新しい機体を組み上げる事も可能』と豪語する工場エリア・またの名を『病院』―に先刻固定したVAを誘導していく間も、彼の口と手は忙しく動き続け、指示や注文を出していた。
 念入りにチェックを行うべき部分、注文するパーツ、完全に交換しなくてはいけないユニット、新型のVAが敵にいたとなればそのデータ―カメラ、センサーの記録、そして自分らの面倒を見ているVAに付いたその敵のものと思しき破片をほんのわずかでもかまわないから回収できるだけ回収し、分析を行う。端末でのやりとりはパンク状態に近かった。
 とんでもない激務。いや、今はまだ序の口で忙しくなるのはこれからか。何と言っても『治す』相手は隅から隅まで勝手を知り尽くした地球型VAではない。
 バーンズは自分の隣でメカニックからの問い合わせに応えている、このスクラップ寸前にまでVAを傷つけて返して来たパイロットに向かって思わずぼやいた。
「レイよぉ、何があったか知らねぇが…真面目にVA、扱ってくんねぇか?」
「いつもどおりだ」
「そおか?」
 バーンズはレイの駆るVA…地球のとは全く異なる設計思想を具現化しているライア独特のVA『レプトス』とレイを交互に眺める。
 いつもどおりの無表情。感情を殆ど表には出さず、平坦な調子で話す。それでも、いつも以上に突き放した感じがした。
 レイは冷静で周りの状況を正確に把握し、援護・支援攻撃という微妙な役を的確に行う。そして被害を最小限に止めるため、『VAを能(よ)く扱う、安心して貸し出しができる数少ないパイロット』としてメカニックの間には定評がある。それなのに彼らしからぬ自機大破。
 レイとバーンズの視線が合う。
 意外な事に、先に折れたのはレイの方だった。
「…見て欲しいものがある…メカニックとして」
「…?」
 それだけ言うとレイは背を向けて歩きだした。まるでバーンズがついて来るのが当然のように。
 修理に関する急ぎの指示を出し終えると、あわてて追いかける。
 行き着く所はそれ程遠くはない。ブラッディアーマー隊専用のブリーフィングルーム。
 広さはそこそこだが天井が高いので居心地がいい。防音も完全で何より全体がガラス張りで、広い整備場全体が見渡せる視界の良さもメカニックのバーンズには都合が良く気に入っている。
 部屋の中では先に来ていたらしい、レイ意外のブラッディアーマーのメンバーが全員いた。全員と言っても隊長のグレン、攻撃要員のジェフ、偵察と分析を主に扱うサラ、そして支援攻撃を担当するレイ、これがブラッディアーマーのメンバー全てだ。
 全員がやたら深刻な表情でテーブルの上にある端末に見入っている。端末を扱っているサラがバーンズが見えやすいようにモニターの前から僅かに身体をずらした。
 モニターには一機のVAとそれに乗り込み、ハッチを閉める直前のパイロットが写っている映像が表示されている。パイロットは小さく写っているのでわかりにくいが、肌の青みがかった色からしてライア人らしい。そしてやたらと見る者に強烈な印象を与える特徴があった。
 虚ろで、銀色の光りを放つ左目。義眼か、とにかく造り物だ。VAの色は艶の無い黒、大きさは重攻撃型のVA・ガルディンぐらいのようにバーンズには見える。
 メカニックの間で電光の如く噂が広まった、例の新型VAとそのパイロットらしい。
 ジェフが低い声で説明する。
「さっきの戦闘のだ。フォーディのセンサーで記録したやつだからかなりきれいに写っている。どこのVAかわかるか?」
「……動いている映像と音、あるか?」
「まだ撮ったばかりでフィルター、通してないからうるさいよ」
「いい。とにかく見せてくれ」
 静止していた音と映像が動き出す。
 VA同士の装甲板が触れ合い、削り取られていく音が入ってくる。無線の会話、センサーとコンピューターからの警告。
 索敵とデータ収集を主な任務とする「精密機械の塊」と評されるVA・フォーディでも回収したデータを持ち帰るために限界ギリギリの機動を掛けて戦闘を行う。
 画像が乱れ、ノイズが混じる。バーンスはそれでも目的とする黒いVAのエンジン音を聞き出そうと耳を傾け、VAの動きと癖を見い出そうと穴が空きそうな視線で端末を見つめ続けた。
 全員が無言のまま、端末に集中している。

 その最中、突然聞き慣れた声が無線に混じった。
「『アズラエル』、貴方でしょう?こんな事が何の解決にもライアのためにもならないということは貴方が一番分かっているはずです!」
 レイの声。普段の彼からは想像もつかない、切羽詰まった呼びかけと説得。映像と音声はそこで途絶えた。
「ここでメインのセンサーが潰れた」
 渋い表情でサラが説明した。
 最後の音声データの内容のせいか、部屋の中の空気が気まずいものになっている。
 バーンズはそれに気づいているのかどうだか、映像の消えた端末を睨みつけたまま言った。
「…あの黒いVA…とんでもないな…カタログで見たこと無い奴だが…エンジン音がAEX系に近い気がする。だがあんな…あんな飛行も可能なパワーは無いはずだ。それにしても…ちくしょう、なんてこった!」
 バーンズは余程頭に来たのか、手にしていたメカニックの帽子を床に叩きつけた。
「どうした?」
 ちらり、とレイを見てバーンズは続ける。
「どうやら新型の敵らしいっての聞いてあんたらのVAについてた敵の…あの黒い奴の塗料を速攻で分析に出してな…普通のVAよりは大きめのマシンだってのはわかってた…なのに、ちくしょう、何であんにゃろ…あんなに小さいんだ?」
 バーンズの言っている事が何なのかよく解らない、パイロット達に怪訝な表情が浮かぶ。それを見てかどうかはともかく、興奮し熱のこもった声でバーンズはしゃべり続けた。
「あの黒いやつの塗料、ただのペンキじゃないぜ。黒い色の基はナノマシン粒子だよ。しかもレーダー・センサーマシンだ。これがどんな事かわかるか?機体表面に何億ってセンサーが散りばめられてる。全身に眼が付いてるようなモンだ。膨大な量の情報がいっぺんに入ってくるわけだから情報の処理に性能のいい、セントラルコンピューターが必要でVAに積んでいるはずだ。なのに…あんなに小さいのか?一体どんなCC乗せてんだ?」

「CCよりも…パイロットがとんでもないんだろ」

 ぼそっとジェフがレイを睨みつけて言った。
 パイロット。
 部屋にいるメンバー全員がレイを見ていた。
 先刻の無線に入っていた声。
 明らかにレイはあの黒いVAのパイロットを知っている。
「話したくなかったら話さなくてもいいぞ」と隊長のグレンは言った。だか、レイはいつもの感情のこもらない平坦な声で応える。
「話しましょう。必要な事です。あまり…役に立つとは思えません…それに…」
「……?」
「退屈ですよ」
 ひどく疲れを感じさせるその言葉。
「2281年…ライア・地球戦争の終戦間際まで私と彼は狙撃部隊でチームを組んでライアの北部森林地帯に展開していました…」




 自分は一体何をしているんだろう…?
 狭く、モニターの明かりだけが光を発するレプトスの狭いコクピットの中でレイは思った。
 モニターには先刻からずっとレーザーが打ち込まれ、焼かれるVAや爆発、炎上、それに伴って飛び散るもとは人間だったらしいモノが写っている。音は無い。だが、その悲鳴や爆音は手に取るように想像できた。
 時々、地球軍を示すマークが見てとれる。
 一方的な虐殺。
 それを行っているのは自分だ。狙撃、という行為に因って。
 スイッチを操作するとまるで反射反応のように、画面に破壊される様子が返って来る。なのにこの現実感のなさは一体何だ?ただ単にこの任務と戦争に『慣れて』しまっているだけか?
「『アズラエル』より『ジャスティス』へ5・7反射ビットを二時から九時まで移動」
 レーザー通信で伝えられる指示は明快で、強力なジャミングがかかっている中でも鮮明に内容が届く。
 飛翔反射体を指示どおり動かす。
 動くタイミングに併せてレーザーがビットに撃ち込まれる。ビットがレーザーを反射し、敵の部隊内に着弾。
 仕掛けはごく単純だ。子供だまし、といってもいいくらいに。そして単純な故に技術を要する。
 森林の近辺にいくつものセンサー・カメラをセットし、この先の戦場で持久戦を展開している部隊に補給物資を届けにくる敵の部隊や援軍を待つ。
 ただひたすら待ち続ける。
 補給部隊がカメラに写ったらレプトスのスピードと地の理を生かして自分ともう一機のレプトス、反射ビットで一辺の距離が1km内外の三角形を作り相手を取り囲む。
 あとは…ジャミングをかけて無線通信が取れないようにして敵を完全に孤立させ、反射ビットを使っての長距離・間接射撃。
 レーザーのバッテリーカートリッジが空になるころには敵の補給部隊がいたあたりは人間の気配が消えていた。


 夜、暗闇が森の中に満ちるともう一機のVAパイロットが会いに来た。『アズラエル』は暗闇でも真昼のように見ることが出来るセンサーアイを左目に入れているせいか、気配を感じさせることなく移動する。
 とにかく、敵をつぶした日…虐殺をやった日には自分たちの被害があったか、何か足りなくなって来ている物資はないか、チェックを行う。
 足りない物、余分にある物は互いに分けておく。
 少しでも長くここに留まり、敵を潰し続けるために。
 もう組んでかなりの時間がたっていたはずだが、レイの知っている『アズラエル』の情報は少なかった。
 別に知る必要も無いと思っている。
 『アズラエル』というコールサイン。
 コンピューターの支援無しであろうと五段階の間接反射をいとも簡単に行い、目的の位置にレーザーを正確に撃ち込む技量。
 鈍い色の左目はセンサー・アイだということ。
 それだけだ。
 信頼するに足る技量と本人である事を見分けられる特徴、コールサイン。それだけで十分だと思う。
 下手にいろいろ知っていると万が一敵に捕まった時に面倒な事になる。ただでさえ狙撃チームは嫌われているのだ。遠く、決して手出しできない位置から一方的に攻撃するのだから無理もない。捕まったときは手加減無しの尋問が行われ、生きたまま切り刻まれる事も良くある。何人もの仲間がそうして死んで行った。
 今もどこかで死んで行く。
「…私たちは、一体何をやっているんだ…?」
 何げなく、その日の狙撃で感じていた疑問。それを口にした途端、『アズラエル』の動きは素早かった。レイ暗闇の中、気配も感じられず、首と利き腕を押さえ付けられ、地面に引き倒された。とっさに反撃しようとしたもう一方の腕は膝に押さえ付けられる。
「『ジャスティス』、いや、レイ・ターナー、お前はVAに乗ると言うことが何なのか分かっているのか?」
「……」
 答えたくても口は酸素を求めて喘ぐだけで言葉は出ない。


「殺すということだ」


 ささやくように低いがはっきりと通る冷たい声。           
「やり方はどうあれ、敵を殺し、VAのパイロットをVAごと殺す…生き残る為に」
 頭に血が回らないせいか、彼の機械で出来た銀色の目が異様なまでに近い。視線が突き刺さる。
「レプトスはスピードがいいがそのせいで装甲か薄い。ほとんど無いに等しい。直接戦闘は絶対的に不利だ」
 首を押さえ付けていた手が僅かに緩む。
 そして他の戒めも。首で止まっていた血がどっと流れる。
「…機械(センサーカメラ)ではなく、生身の眼で現実を見ろ」
 それだけ言い残し、『アズラエル』は去った。


 翌日。
「西・03に敵」
 通信が、敵が近くにいる事を知らせる。座標を割り出し、いつものように展開。いくつかの必要なやり取り。一通り済んだ後、通信機の声か人間味を帯びた。
「昨夜はすまなかった…つい話すよりも力でねじ伏せて無理矢理従わせてしまう…」
「いいえ…今のこの世界では貴方の言ったことの方が正しい」

 誰かがやらねばならない行為。
 自分らが手を汚すこと。
 何をやっているのか、自分の行為の意味や存在意義を突き詰めて行けば最後には自分で自分の首を絞めることになる。生き残るためには余計なことを考えてはいけない。

 戦争とはそういったものだ。
「でも昨夜のみたいな行動は止して下さい」
「……?」
「まるで強姦です」
 通信機からはっきりそれと分かる舌打ちの音が聞こえた。
「無駄口はここまでだ。今回の敵はかなりの重武装だ。ビットをこちらから3つ上げる」
「了解」
 『アズラエル』の持っているビットは全部出た事になる。薄い防御がさらに薄くなっていた。きつい戦闘になる、と感じる。

 そしてこの戦闘の最中に、『アズラエル』はVAごと行方不明になった。

「逃げろ、罠だ!」という通信を最後に完全に消えてしまった。敵の残骸の中に死体やレプトスの破片らしいものは確認できず、捕虜にそれらしい者がいるか情報を集めても一向に見つからない。
 それでも森の中に潜み狙撃を行い続けた一週間後。


 ライア・地球それぞれの代表が停戦協定に調印。
 約50年に渡るライア・地球戦争は終結した。



 記憶の調整がまだ甘い、か…。
 DIVAから報告があってからずっと…正確には手元に『マテリアル』として届けられてからずっとか。『彼』はアズラエルとアズラエルの一部となりつつあるワーロック・システムをモニターしていた。
 戦闘から戻ってからアズラエルはいつにも増して混乱している。
 脳波のパターンは苦悩していることを示していた。泣いていたのかも知れない。『彼』が削り取り、調整したはずの人物レイ・ターナーに関する記憶。
 DIVAが『彼』にアズラエルの完全な機械化と記憶のリセットを進言する。だが『彼』は即座に否定した。

 機械になった人間になぞ興味はない。
 限りなく機械に近い人間だからこそ面白いのだ。
 それに記憶のこれ以上の操作は下手をすればアズラエルの有する素晴らしいVAパイロットとしての才能を潰しかねない。
 うまく記憶を、この混乱を利用するのだ。
 そうすればアズラエルはあの特異なVA・ワーロックとそのシステムをより強力な物としてくれるだろう。敵役は強い方がいい。
 強力にするためには自分の…ワーロック・システムを作った者の正体をアズラエルに明かしてもいいと『彼』は時々思う。

 白衣のポケットに付いているIDカードとそこにプリントされた地球連合軍のエンブレムを。




 再度あの黒いVAと向き合った時は戦えるか、とレイは問われた。
 口にしたのはグレンだったが、その場で話を聞いていた全員が訊きたかった問い。
 現実を見るだけだ、としかレイは答えなかった。
 バーンズとメカニック達は不眠不休で大破したレイのレプトスを修理した。もう何時でも出撃できる、と言う。
 そして決して多くないデータからあの黒いVAを何とか分析しようとした。どうやらレプトスに近いフレーム、という点しか分かっていない。
「悔しいが、一般に公開される最先端の技術ってのは企業の研究室レベルでは10年以上昔に分かっていた屑データ・かすテクノロジーってやつをモロに突き付けられたね」とバーンズは言う。
 それが、今の彼に見えている「現実」だった。




 修理が終わってから暫く眠っていたらしい。
 奇妙な夢を見た。
 一人の男を地面に押し付け、首を絞めている。
 恐怖と突然の事に対する混乱、惧れのこもった視線で見上げて来るのが分かる。
 僅かに力を緩めると酸素を求めて咳き込んだ。
 ここで夢は途切れた。

 目が覚めても頸動脈の脈打つ感触が手に残っている。そして体温。冷たい機械の身体になって、自分が無くした何か熱いもの。







 アノ時、手ヲ緩メナケレバ良カッタ。







『見る』という行為は『目』を通して『脳』が感じる事である
 『見る』時、脳では外界を鏡の世界に写すように認知されない
 脳は何か、まとまりのある形を心理的要素として受容しているだけ
 網膜に写った事象すべてを無差別に受け入れているわけではない




Optical Double/(天文学用語)光学的二重星
end