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Orgy Day |
太陽が中天に差しかかっていた。
湖を渡って吹く冷気を含む風のため、気温はそれほど高くない。
その街はライア・地球戦争前には世界の穀物価格を左右する市場があり、人口は百万を優に越えていた。
今は…軌道上からの砲撃とそこここで展開された戦闘のせいで高くそびえ個々のデザインを競ったビルは破壊され尽くし、昼日中だというのに人間や生物の気配はない。
地球でもライアでもよくある光景。
そんな中を一機のVAが低いモーターの唸りを立てて進んでいた。
人間に近い形のゲイツと呼ばれる量産型。ブレード部分を収めているレーザーブレードを装備していた。
何かを探すかのように、頭部に取り付けられたセンサーを巡らせる。
恐ろしく静かだった。
刹那、ゲイツのコクピット内に警報が響き渡った。
『披ロックオン
熱源接近
到達まで5秒』
着弾。
索敵を行っていたゲイツがいた地点に瓦礫と土埃が舞い上がる。そして元はビルだった鋼材に紛れ、待ち伏せていたていた最新型のVA・ブロディアがレーザーブレードでゲイツに止めを刺すために斬りつける。
だが、機体を通して伝わってくるはずの手応えとも言うべき抵抗感が殆ど来ない。
弾着の瞬間までそこにいた筈のゲイツは消えていた。
残っていたのは左腕のみ。
―どこだ!?
ブロディアがセンサーを巡らせる。
9時方向、左にゲイツの姿を認めるが既に間合いが詰まっている。
機体を引くが間に合わない。
ゲイツは残った右腕に装備しているレーザーブレードをブロディアの腰部…人間型のVAが、一番弱い部分…に押し当て、ブレードの出力をゼロからMAXまで一気に上げた。
ジョイント部分から背面に取り付けられたジェネレーターまで貫かれたブロディアは完全に沈黙した。
無線機のスイッチを二度、クリックする音。
「ハナシになんねぇなアレックス!最新型のブロディアでそのザマか?」
ゲイツを駆っていた敵(アグレッサー)役のパイロットからの余裕の勝利宣言に、軽い舌打ちとともにブロディアのパイロットが無線機のスイッチを入れる。
「ジェフよぉ、また今回も俺のオゴリか?」
「残念だがそーいうこった!愛してるぜ!」
『訓練中だぞ!二人とも私語はつつしめ!』
事の成り行きの一部始終を記録していたモニタールームから叱責の声が飛ぶ。
シミュレーターを用い、コンピューターか作り出した疑似環境で行われる戦闘。
モニタールームのロフト部分でその様子を苦笑をかみ殺しながら眺めていたグレン・リード少佐に隣でじっとモニターから視線を外さないままレイ・ターナー…階級は一応大尉…が訊ねる。
「彼がRUSH?」
感情のこもらない平坦な声。
食えない奴だ、と近いうちに彼の上官になるグレンは初めて面と向かった時からずっと思っている。
ちらり、と横を見る。
長身、金属を思わせるライア人特有の青い肌と青い髪、そして地球軍の基地内を青と白を基調としたライア公国軍の制服で平気で歩く。
彼の任務…50年に渡るライア・地球間戦争の平和大使という「ていのいい人質、あるいは生け贄」と本人も言った役目上、仕方のない事なのかも知れないが。
「そう…あの旧型のゲイツでアグレッサー(敵役)をやってた方だ」
「なるほど…彼もブラッディ・アーマーに加える訳ですか?」
「今のところ、最有力候補だ」
「…確かに動きはいい。使わない左腕パーツを切り捨てて重量とスピードを稼ぐという瞬時の判断もなかなかのものです。その名に恥じない程に」
無表情なまま言われるとあまりいい感じはしない。
「突っ込み屋で無鉄砲ってことか?」
「賞賛しているんですよ」
「…どうだか。名前どおりって事ならお前もだろ?
『JUSTICE』」
VAに乗り込んだ時のレイのコールサイン。
冷たく、公平に裁きを与える者。
ただ、その裁きは『死』のみだったが。
何かを言いかけたレイがドアの方に向かう。
「…?レイ?どこに行くつもりだ」
ドアの開閉スイッチを押しながら、視線だけはグレンを見て答えた。
「『ごあいさつ』ですよ。『彼』に」
うっすらと笑っているように見えたのは気のせいか?とグレンは思った。が、彼の意図を察して別に止めはしない。無用なのは解っているが注意はしておくことにした。
「くれぐれも失礼のないように、な」
「賞賛してるんですよ…本気でね」
誰に聴かせるでもなくその言葉を口の中で転がすとレイはシミュレーションルームのドアを開く。
通称・ゲームセンターと呼ばれるその部屋は小型車程度のシミュレーターが10台、詰め込まれている。基地内にはこういったシミュレーションルームが数十カ所設けられている。その中の一つだ。
各シミュレーターから生き物のように伸びたケーブルが床と天井を這っているのが薄い光の中に浮かんでいる。
使用されていないシミュレーターを見つけ、VAと同じ型のハッチを開き、中に乗り込む。内部はVAのコクピットと同様のレイアウトになっている。ただ、起動させる手順がわずかに異なる。
シートの後ろに取り付けられているスロットにIDカードを挿入すること。そして飲み込まれたカードの代わりに吐き出されて来る円形のシールを二枚、額に張り付ける。
シールは脳波を読み取り、そして『揺れ』や『重力方向の変化』を脳に送り込む。
『偽物』が限りなく『本物』になるわけだ。
システムをチェック、電源を入れて起動。
既に息をするように日常となってしまった一連のプロセスをレイは淡々とこなす。
「さて…」
準備が整い、ネットワークの中に介入するか、の問いが来る。迷わずイエスを選択する。
『所詮、力ずくでねじ伏せて無理矢理に従わせる方が会話するよりも断然分かりやすい…残念だが』
昔、レイが援護していたVAのパイロットは自嘲して言った。
全くだ。
「やつは…私が支援するに足るか…」
機種はゲイツを選択する。オプションの武装は付けない。
ハンデ、だった。
「試させてらおう」
ネットワーク接続の許可が出る。
乱入。
先刻までアグレッサーをしていたRUSHに対して今度はレイがアグレッサー役をするわけだ。
『RUSH、そろそろ終了しろ』
「了解」
接続を切ろうとした瞬間に警告が出る。
『警告
4時方向・VA熱源接近中
IFF(敵味方識別信号)に応答無し』
アプローチした瞬間、ゲイツの上半身部分を許容限界ギリギリまでねじり、第一撃をかわす。
「敵だと?」
そのままバックをかけて相手と対峙。ただでさえ左腕パーツを切り離してバランスを取るのに苦労しているシステムが無茶な機動に悲鳴の如く警告を訴える。
「何者だ?」
同時刻・モニタールームはパニックに陥っていた。
「誰だ!あの機は?強制退去させろ!」
「その必要は無い」
コネクトを解除しようとするオペレーターに制止する声。誰か、とその場にいた全員が声のした方向を振り返る。
「リード少佐…?何故です?」
グレンが応える前にオペレーターが報告する。
「利用者コード出ました…『JUSTICE』!」
誰もが知っているそのコールサインを聞いてルームの中が一瞬、静まり返る。
低い声でグレンが言った。
「このまま、やらせてやれ」
「しかし…大丈夫でしょうか」
「……多分」
VAの機体に掛かる『揺れ』や『ベクトル方向の変化』はパイロットの脳に直接、感覚として伝わる。
そして『衝撃』も。
心臓の弱い者は精神的な衝撃で死ぬ事もある。
まして相手はあの『JUSTICE』。
モニターしていた訓練官は咄嗟に叫ぶ。
「ジェフ、退くんだ!お前のかなう相手じゃない!急いで…」
無線は途中でジェフの方からカットした。
気に入らなかった。
やる前から『負ける』だと?
「戦場(ゲンバ)じゃ敵の選り好みはできんだろが!売られたもんは買ってやらあ!」
バッテリー残量残りわずか
冷却機能ダウン
代償として払えるものはそれほど無い。
システムの警告を無視してジェフはブレードを構える。
「…凄い、というか…呆れましたな」
ルームにいた誰かがつぶやいた。
『RUSH』ことジェフ・パーキンス中尉のゲイツは停止していた。
バッテリー切れ、だった。
だが、レイのゲイツの頭部センサー部分にはジェフのゲイツが装備していたレーザーブレードが突き刺さっている。
腕を切り落とし、死角となった左側を徹底的に攻められて逃げる一方だったジェフがバッテリーが切れる直前、投げ付けたのだ。
「運、だと思いますか?」
「運…か…」
訓練官に問われたグレンはそれ以上答えなかった。
かわりに、それぞれのシミュレーターのある部屋へレスキューチームの出動を要請する。両者とも無茶な機動をしたのだ。コンピューターの作り出した限りなく現実に近い偽物の世界での出来事とはいえ…ただでは済むまい。
同時刻・シミュレーションルーム
緊急の呼び出しを受けたレスキューチームがジェフの使用していたシミュレーターをこじ開けようとしている。
イジェクトキーにふれる直前、ハッチが開き中からジェフが出て来た。
そんな事があるわけが無い、とわかってはいるが床が揺れているような気がした。全身が気味の悪い汗で濡れている。口の中が渇き切って声が出ない。
シールを剥ぎ取り投げ捨てる。
「あ…んのやろ…」
あまりの形相に思わずレスキューチームの連中が引き下がる。
「…いつか…」
床が、近づいて来る。
衝撃は感じられなかった。
Orgy Day/乱ちき騒ぎの日
end