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Over

Dominance




 重い足取りで基地内の薬局から出て来たレイ・ターナーは彼らしくない事に、肩を叩かれるまで誰かが近くに来ているのに全く気づかなかった。
「ジェフか…」
「あんたにしちゃ珍しいな」
「何が」
「簡単に後ろを取らせるとこ。いつもなら近づくのもかなり大変なのにな」
「たまにはそんな時もあるさ」
「……そういうことにしておこう。ところで、軍をやめるって聞いたが、本気か?」
「相変わらずくだらない事には耳聡いな」
「悪かったな。それと、これはくだらない事じゃない」
「そうなのか?」
 ジェフが力いっぱい頷く。
 傍から見れば全く異質な…それも地球人とライア人で、正反対に近い性格に見える二人だ。仲もあまり良いとは言えない。確かに同じ隊だが私的にはほとんど親しくない。
 それでも一度最前線に立てばジェフにとっては数少ない『背中を安心して任せられる』同僚の一人だ。
 その貴重な人間が急に軍を辞める、という事はかなり問題だ。
「ひょっとして、例の停戦条約のせいか…?」
「それもある。守るべき国がなくなった、という事もな。
 そもそも私が軍に入ったのは国を守る事以上に自分の家族だけでも守れる力が欲しかった、という利己的な理由からだ。だが軍と言う物、組織は破壊する事でしか守れない。どんなに慎重に動こうとしてもどこかに何かしらの傷を負うし負わせる。


 無いに越した事はない」
「地球の支配を受け入れても、か?この条約に不満を感じた連中が…あるいは反ライアの地球人がまた紛争を起こすかも知れないというのに」

 アズラエルのように。

「そうだ。それでも我々には…軍がどうの、ライアが、地球が、とやっていられる程時間があるわけではない。急いで戦争と、この前の内乱で荒れたライアを建て直さなくてはならない。とにかく時間が無いんだ」
「…レイ?何を言っている…?」
「我々ライア人は寿命が長い。私はライアの公転周期では27歳だが地球公転周期で数えれば50ぐらいだ。ライア人は地球人の大体三倍の平均寿命だ」
「…うらやましいな」
「私は地球人の方がうらやましい」
「なぜ」
「世代交代が早い。これがどう言うことかわかるか」
「…いや」
「さまざまな病気に対する抵抗力や変異する環境への適応力が遺伝子に定着するのに最低6世代分の世代交代が必要だ。地球人はそれが早いがライア人は長命であるが故に…遅い。
 前回の戦争、いや、ファースト・コンタクトの時からライアにはいろんな病気、もともといなかった細菌やウイルスが持ち込まれ、ばらまかれた。地球人はとっくに克服し、抵抗力を遺伝的にもっているやつだ。感染して発病し死亡するライア人は増える一方。早ければ地球周期であと50年もすれば純粋なライア人はいなくなる」

 要するに近い未来に自分たちは絶滅する、とレイは言っているのだ。

 いつものように感情の読み取れない無表情のまま、まるで他人事のように淡々と語るレイ。
「…冗談だろ?」
「私が今まで一度でも冗談を言った事があるか?」
「…そうだったな」
「我々を哀れんだり、地球人を責めたりするな。地球にもライアの生物などが持ち込まれている」

 新種の麻薬。
 バクテリア・リーチング、それもプルトニウム精錬用の微生物。
 すぐに治療法が発見された幾つかの病気。
 だがそれらは地球人を絶滅に追いやってはいない。何か言いたげなジェフにレイは彼特有の平坦な声で続ける。
「自然の仕組みだ。自然の仕組みに我々は淘汰され、振り分けられた。それだけの事だ」
 そう言うと彼は『やらなくてはいけないことがある』とだけ言って去って行った。
 彼の手に抱えられていた薬剤のケースのカラーコードが『発病予防』ではなく、『抗生物質』それもかなり強力な種類を示すカラーだったのにジェフが気づいたのは大分後の事である。



Over Donminance/
end