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Over

Dose


 

 前々からソレは噂になっていた。


『どうやらVA隊の新しいやつが編成されるらしい』『しかも元第13部隊―あの死神隊の奴が隊長に…』『AEXの最新バージョンが投入されるそうだ』
 口コミ、ネットワーク、ちょっとしたメモによってソレは連合軍全体に拡がり噂の真偽はともかく共通した意見が聞かれた。
 すなわち、『もしソレが本当なら、その隊はかなりのものになるだろう』と。
 しかし、実際に隊の編成とメンバー候補が流れると噂は『冗談だろう?』となり、正式に発表されるとソレに関する意見の大半は悪意有る物に取って変わった。


『ギャラガー司令もとうとうボケたか』と。


 そう言われるのも無理はない。
 隊の編成はたったの四人。隊長を含めても、だ。
 おまけに隊員はいっそ見事と言ってしまいたくなる程…良く言えばバラエティに富んでいる、逆に言うなら「統一性だの秩序といった軍に必要不可欠な要素には全く無縁」なメンバーだった。



 口に出して言わなかったが、正直なところ、彼女は大変困っていた。
 場所はVAシミュレーターのブースが幾つか並んでいる訓練エリアの一つだ。
 彼女はシミュレーターでの結果をプリントアウトされて来るのを待っている間、周りを何人かに取り囲まれているのに気づいていた。だが、「またいつもの『絡み』か…」と半ばうんざりした気分で放っておいた。
 そう、いつもと同じように、嫌みをいくらか言ってすぐにいなくなると思って構わず無視していたのだが、今日は違った。ねちねちとしつこく絡んでくるのだ。
 それも三人で。
 ごつい男に取り囲まれた小柄でどちらかというと華奢な彼女は傍から見るといかにも非力に見える。
「まさかあんたがS・ホワイトとはね…ボードからはわかんなかったが、女かよ」
「シミュレーターじゃかなり上位に食らい込んでるがよぉ…」
「VAってのはゲームじゃないんだ。お嬢ちゃん」
「ブラッディアーマー隊に入ったそうだが、足引っ張って全滅させんじゃねーぞぉ?」
「それもライア・ハーフだぁ?こんなの入隊させる辺り、上の連中、脳に虫でもわいてんじゃねーのか?」
 絡まれている方のサラはそれらをじっと、無表情なまま聞き流していた。だが限度、と言う物がある。
 小さく何語か呟く。
「あぁ、聞こえねーなぁ」
 にやにやと笑いながら取り囲んでいた者のひとりが目線をサラの高さに合わせる。
 彼に向かって今度は低いがはっきりと彼女は言った。
「…さっきからワンワンワンワンうるせーんだよ。そのお嬢ちゃんにたかがゲームでボロ負けした負け犬が」
「……!」
 どうやら図星だったらしい。いきり立った三人が中腰に構え、一人がサラの襟首を掴む。その瞬間、後ろでシミュレーターのハッチが開く音が響いた。
 思わず周囲にいた全員…もめごとの当事者とそれをどうなる事かと見守っていたギャラリー…がそちらを見る。
 中から出て来た人物は周囲の状況を素早く見回すとその場に似合わない、実にのんびりした声で言った。
「…もてもてだな、サラ」
「そう見える?」
「まぁな。せっかくナンパしてくれている相手だ。もうちっと丁重にお相手して差し上げたらどうだ?」
「あら、ジェフ、わたしはあなたみたいにちゃんと人間語で話しかけて来る人にはちゃんと相手するわよ。でも初めから馴れ馴れしく、それもしつこくて礼儀のれの字も知らない輩にまともな人間語を使う程わたしはできた人間じゃないの。
 そんなゲスにはまともに相手をする必要や価値は微塵も無いっていうのがうちの家訓なのよ…で、助けないの?」
「助ける?俺が?誰を?」
 肩を竦めながら、不思議そうな表情でジェフが言う。それを聞いたサラを取り囲んでいる連中の一人がにやけながら言う。
「そうそう。手ェ出さねえ方が利口ってもんだ。兄ちゃん」
 兄ちゃん、呼ばわりされたサラと同じブラッディ・アーマー隊のジェフがのんびりした口調で応じる。
「そうなんだよな。
 俺はアンタらみたいな手に負えない余計な弟もった覚えはないし…先に手出して来たのがアンタらってのはどう見ても明らかだろ。要するに正当防衛なんだよな…」
 三人、一瞬いぶかしげな顔。どうやら良くジェフの言っている事を理解できなかったらしい。スキが出来た。サラはそれを見逃さなかった。
 彼女は自分の襟首を掴んでいた男の股間を手加減なしで蹴り上げる。速い。床でうめくそいつをちらりと見やるとニッコリとジェフに笑いかける。

「わかっているならいいのよ、ジェフ。
 ようやくこいつらの方から直接チョッカイ出して来てくれたんだから、邪魔しないでよね」



「第七部隊の連中が三人、医療部に運び込まれたらしいな…複雑骨折で」
「そのようですね。何でも『転んだ』と本人達が言っているそうですが」
「…転んで、か…気の毒に」
 司令は顎に手を当ててしばらく考え込む。
「複雑骨折、という事になると…
 第七陸戦の戦力はどの程度落ちる?」
 質問に対してオペレーターのキリカは各データベースにアクセス。
「…VA戦闘任務に関しては通常の能力から六割程度の落ち込みですね。医療コンピューターの所見では三人の完治まで二カ月は掛かります」
「二カ月、か…ふむ、すまんが後で私の所に来るようにブラッディアーマーのグレン・リード少佐に伝えてくれ。新しい任務だと」
「わかりました…あの…」
「何だ?」
「第七部隊の隊員はブラッディアーマーを訴えるでしょうか…?」
「キリカ、君は彼らが『転ぶ』現場を見ていたのか?」
「…はい」
 わずかにためらった後、彼女ははっきりと答えた。
 それに対して司令はいつもの穏やかな声で言う。
「彼らがどういった転び方をしたにせよ、彼ら自身が自分たちの不注意で転倒したと公に言っているならば…誰が何を見ていようとそれが事実になる。そういうものだ」
 ちがうかね?と無言で問う。



「まったく、いい加減にして欲しいものだわ」
 ランチタイムのピークを過ぎているため、人があまりいない食堂にサラのぼやきが響いた。
 トレイを引っつかみ、レーンに入ると手早くメニューをチェックしていく。それにジェフも続く。
「確かにサラもそうだが俺たちは過小評価されてるよな…でも俺はそれでいいと思う」
「何でよ」
「だから、全ての人間に俺たちの能力…特に戦技能力を知らせる必要はないって事だ。俺はサラのすごさを知っているし、多分レイも隊長も司令も知っている。それだけじゃ不満か」
 一瞬、メニューをチョイスしていた手を止め、サラは目を瞬かせた。
「…驚いた…」
「何が?」
「猪突猛進・直情径行を絵に描いたようなジェフの口からそんな言葉が出るなんて…」
 ジェフの顔に苦笑が拡がる。
「でも…その、ありがとう。少し気が軽くなったわ」
「どういたしまして。ところで…サラ、聞いていいか」
「なに?」
「それ、全部…」
「食べるわよ。もちろん」
 なにを当然のことを聞くのか、と実に不思議そうな表情でサラは答える。あの小さい体の、一体どこに入るのだ?
 サラのトレイの上は恐ろしくにぎやかだった。
 タコス、チリコンカーン、ラビオリ、大きめサイズのボウルになみなみとつがれたチャイニーズスープ、ホットサラダとフルーツヨーグルト。さらにクォーターサイズのラズベリーパイを載せる。
「…太るぞ…」
「運動した後だからいいの」
 さらりと答えるとブリーフィングルームにトレイを持って向かう。
 先刻、隊長のグレンから新しいミッションの説明をする、と呼び出しがかかったためだ。


 女という生き物は、謎だ。


 サラの後ろ姿を見ながらジェフは考えずにいられなかった。







Over Dose/やりすぎ、薬物の過剰摂取
end