だけど。
一日二食三時間睡眠。
体力を維持するぎりぎりの状態で行う研究と実験に伴って上がる成果、そして現場…生体化学と薬物を一番使うゲブラーの実戦部隊と医療部隊…へのフィードバック。
それは私にとってどんなクスリよりもハイにさせられる。
そして更なる要求と研究の応酬。
前回以上に困難な要求や突発的と言ってもイイ研究以来が入ると。
私は、飛ぶ。
眠ること、食べること。
研究を、実験をセットして行うにはそれらの時間さえ惜しい。
経過と結果を誰よりも速く、一番最初に知る。
識る瞬間の快感。
それが私を、飛ばせ続ける。
でも残念なことに、私も人間だ。
生体は休息と補給を必要とする。
飛び続けた反動で沈む事は最も怖い。
だから、まるで初めて花火を見た子供のように、研究で飛んでいる私の神経をダウナーで鎮めて数時間、短くて深い眠りを摂る。
こんな生活を私がするようになったのは、何時からだったろう。
父と母が居る家には寄りつかず、アカデミーのラボに棲み着くような生活を送るようになったのは。
アカデミーでの研究が、飛ぶことが最優先になったのは。
「…っ…」
唇に固い、何かが当たる感触で覚醒した。
眼を開くと自分のものでは無い手が在った。
埃っぽい匂いのする右手。
柔らかさや繊細さとは無縁な無骨な手の親指の爪が私の口唇に当たっていた。
指から手、手首、肘から肩。
順に視線で追っていく。
「フラットをシェアしないか?」とアカデミー付属の医療室で沈みかけていた私に持ちかけてきたゲブラーの実動部隊・士官候補生…名前はジェサイア、だったと思う…が居た。
制服を緩めて、椅子に座ったまま眠っている。
…この時になって、ようやく私は服を替えられ、ベッドに寝かされている事に気づいた。
床にデータパッドとメモを取るための紙を広げて、新型の戦闘用の精神鎮静剤…ダウナー・ドライブ…の分子構造デザインと生体内での機作を並行で行っていたのは覚えている。
そのときはまだ制服を着ていたし、床に座っていた。
仮眠を摂ろうとした覚えは無いのだが、無意識のうちにダウナーを摂っていたかも知れない。
どのみち、帰ってきた彼が私をベッドに運び、服を替えたと考えるのが妥当だろう。
音を発てないように起きあがる。
ゆっくりと椅子からベッド伸ばされた彼の手を椅子の中に戻す。
戻した手に、私の手が静かに掴まれた。
顔を上げると第一級市民の中でも純血に近いガゼル特有の、色素の薄い青い眼と合う。
「…済まない…起こしたか」
「せっかくだから、話でもしようかと思って寝たフリして待ってた」
「せっかくって…何が」
「二人が、同時に、この部屋に居る」
「私はすぐ出て行く」
「その格好でか?」
言われてみれば、それもそうだ。
下着の上に、私にとっては大きすぎるシャツ一枚をまとっただけというのは…アカデミーのラボには実験や作業の都合上、服装は規定されて無いが幾ら何でもコレは問題だろう。
「この服は?」
「俺の夜着。つーか、このフラットをシェアしてんだからいい加減自分の服くらい持ち込んだらどうだ」
服の手触りと色を確かめる
「シルクなのにわざわざ艶を消すような暗い色に染色とは…イイ趣味だな。悪くない」
「気に入ったなら、やるよ。下の方は譲れないがな」
「そういう事を狙って言った訳じゃない。ところで、私の服は?」
「シューター行きだ。
メシでも食ってる間に新品が届けられるだろ」
「私は、忙しいのだが」
「メシの時間もとれないような、余裕の無い実験プロトコルを組み立てるラケル・アナハイムじゃないだろ」
「…それも、そうだな」
流されている、と。
頭のどこかで警告が聞こえる。
「いろいろと話して置きたい事や直接検討した方がいいようなことが沢山在るんだ」
「たとえば?」
「新しい実戦部隊用に配られた医療キットの事とかのフラットでの事とか、イロイロと」
新しい医療キット、で私は折れた。
アレに入っている新しい薬剤のいくつかは私が設計した。
「食事を摂って、私の新しい服が届けられるまでだ」
「充分だ」
彼に獲られていた私の手が、彼の口唇に導かれる。
眼を私から反らす事も閉じる事も無く。
嬉しそうな笑いを浮かべた瞳のまま、彼は私の手に触れるだけの口づけをしてから私の手を解放した。
いつか、それだけでは足りなくなるのだろうか。
時間と、彼とこのフラットに居る時に択る行為が。