Click here to visit our sponsor







乱雑機械 
sideA


 コロニーでは決して見ることが無かった空が上に広がっていた。


 ガスで汚れ、かすんでいるが彼女が初めて目にする青い空が。
 重い、と彼女は感じた。空の青さが重く、目眩が襲ってくる。日に焼け、ひび割れた舗装の上にしゃがみこんだ彼女に向かって、すぐ後ろを歩いていた男が言う。
「コロニーの人工重力と生の重力は全くの別物だ。まずは地球の重力に慣れろ」と。
 身体が重いのが辛かったのではなく、空の重さと足裏に感じられる地の厚みが嬉しくてしゃがみ込んだの、と彼に伝えたかったけれど。

 声に出し、空気を通して発音するのが彼女にはまだ上手く出来なかった。



 その声はまるで古い糸電話を通しているかのような響をもっていた。

―眼を閉じて…そう。赤と緑と青のマークが「視える」かね?
『はい』
 口を動かしてはいない。喉が震える感覚もない。なのにわたしの声が三色のマークが浮かんでいる暗闇に響く。
―ふむ、よろしい。赤いマークに緑のマークが重なるようにしてみなさい…思うだけでいい。
 言われた通りにする。
 緑のマークはたった一つ。それを赤のマークに合わせると赤のマークだけが消えた。赤のマークは次々と浮かび上がる。
 遠くから金属をこすり合わせるような不快な音が響いてくる。そして火花の、焦げ付くような匂い。
 それらを意識した瞬間、マークを重ねるのが遅れた。
 激痛が走る。

―…マークを重ねる事にだけ集中するんだ。そうすれば痛い思いをしなくて済む
 チガウ。
 嫌な匂いがする。焼け焦げた鉄の、ツンとした匂いと、甲高い音が…。
 赤いマークが暗闇に満ちる。


 目が覚める。ゆっくりと目を開くとすぐ前に心配そうなマスターの顔があった。
 またやってしまった…。
 発作。
 ラボにいた頃も時々起こしていた。カプセルを、ワーロックから離れた直後は特に酷く。
 最近はずっと無かったのに。
 体中が冷たい汗でまみれている。

 そして鼻腔から溢れる血。
「大丈夫か?」
 恐る恐るたずねて来たマスターの質問に頷き返す。
「ごめんなさい…」
「謝るな」
「でも…」
「お前の、アリエータのせいじゃない。だから謝ったりするな」
「…はい」
「よし」
 それだけ言うとマスターはわたしの髪をそっと撫でて部屋から出て行った。
 時計はまだ深夜を指している。
 再び眠りに落ちる直前、わたしはいつも発作を起こした時の汗と血がふき取られている事に気がついた。



 ドアを抜けた直後、サンタナは震え上がった。足がすくみ、壁を背にづるづるとへたり込んでしまう。
 アリエータの『発作』は何度か目にしている。
 人工羊水の満たされたカプセルから、正確にはワーロックのコクピットから出てからしばらく。かなり頻繁に起こっていた症状。
 まるで重度の麻薬中毒禁断症状のような、激しい『発作』。

 原因は知っているのだ。ワーロックの操作システムにあるということも。
 特殊VAワーロックの操作はカプセルの溶液を媒体に、脳で直接VAを動かす。溶液が脳と神経、細胞を流れる電子の動きを読み取り、あるいは読み込ませる。

 今までのシステムでは決してできなかったパイロットが自分の目で視て、耳で聴き、手足を反応させるような機敏でなめらかな動きをワーロックはやってのけた。
 人間とマシンの間に深く横たわるインターフェイスの深い溝を埋めるシステム。
 だがそれはパイロットの、アリエータの脳に莫大な負荷をかけるのだ。

「究極の電脳麻薬(ヴァーチャルドラッグ)だ」と以前に軍にいたときのツテを頼りに調べ上げたガウェインとマリーが口を揃えて吐き捨てるように言った。
 薬で行う脳力の拡張―正確にはそうなったように感じるだけの錯覚だ―を電子的に行うのだから、と。


 そして電子的である故に際限がない。


 アリエータが自分の所へ助けを求めた時には彼女の笑顔を守るためならどんなことでもできるし、しようと決心した。
 そしていつかは一人でも生きて行けるように必要な事、教えられる事は彼女が知りたがったら教えておこうとも。
 それなのに、アリエータが『発作』を起こした時は自分の無力さを思い知らされる。酸素を求めて水面に浮かぶ魚のようにもがき苦しんでいるアリエータを『発作』が落ち着くまで抱きとめ、見守る。唯それだけしか出来ない。

「…情け無ぇ…」
 サンタナは独りごちると額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、大きくため息をついた。




 数日後。
 奇妙な二人連れが半地下式の倉庫を改造したジャンク・ショップへやって来た。
 一人は紳士然とした中年の男。東洋系なので本当はもっと年齢を重ねているのかもしれない。
 そしてもう一人は子供…それも娘だ。年は十二か三らしい。磨きあげられた大理石のような肌と整った顔立ちは人形を想起させる。
 これだけならまだ珍しくはないだろう。カオスを現実にしたような、地上この町では「まあそんなやつもたまにはいるさ」で済む。
 だがここは街でも治安の悪さはトップクラスを誇る、カスバのエリアだ。
 そんな所でいかにも襲ってくれ、と言わんばかりのブランド物のスーツに高価な天然素材を惜しみ無く用いているワンピースの二人連れは恐ろしく目立ったはずだ。
 店内にこの二人が来たときはちょうど客は誰もいない、真昼時だった。
 所せましと積まれたコンテナの類いを一通り見てから男が言った。
「失礼ですが、そちらでは普通のVAでは用いられないパーツ…そう、例えば生体型のコントロールユニットを置いていませんでしたかな?」
「さあね。探して見つからないなら無いんじゃないのか?」
 サンタナの答えに対して、男は薄い笑いを浮かべると言った。
「いいえ、ここに一つ、物凄い傑作があるはずですよ」
 そして傍らの少女に軽く頷く。
 無言の内に少女が被っていた帽子を外す。中から肩の辺りで切り揃えられたライムグリーンの髪がこぼれる。カウンターの向こうの彼女が聞き慣れた声で言った。
「私の『姉』がここにいいるはずです」
 確かにサンタナにはこの娘に見覚えがある。アリエータにそっくりなのだ。
 男が言う。
「あれは私のです」と。
 どうやらいつかは来るであろう、と予想はしていた軍の、ラボの奴ららしい。
 力技で来るかと思っていたのだがこうまで儀礼的に来られると拍子抜けしてしまう。おまけに店内の各所に仕掛けられたセンサーが反応しない、ということは完全に非武装だ。
 気まずい沈黙はカウンターの後ろのドアが開く事で破られた。
「マスター、カートリッジの分類終わりまし…」
 運悪く、あるいは調度良くそこにやって来たアリエータの声が途中で凍りつく。
「…博士…」
「やぁ、久しぶりだね。12号」
「…あんたが言ってるユニットってのは…」
「コレですよ。しばらく話をしてもよろしいですか?」
「だ、そうだ。どうする?」
「構いません…」
「俺は外していた方が良いのか?」
「そうして下さると助かります」
「マスター…」
「大丈夫、俺はすぐ近くにいる。何かあったら呼ぶんだ。すぐに来る」
「本当ですか?」
「ああ」
 サンタナ、アリエータの髪をひと撫でして出て行く。
 男がわずかにアリエータに近づく。反射的に引いたアリエータに対し、『博士』が苦笑する。
「やれやれ、嫌われたものだな…久しぶりなんだ。良く顔を見せてくれ」
 アリエータの顔に手を触れ、ゆっくりと顎のラインをなぞる。
「…顔色は悪くない。だが唇も肌もカサカサだ…髪も艶が無い…手袋を外して、手も見せて」
 言われた通りにマシンオイルで汚れた作業用の手袋を外す。
 手は強力な洗浄溶液を扱うため、指先がボロボロに荒れている。それを見て取った『博士』は顔をしかめる。そして続けた。
「…爪はどうした。きれいに延ばしていたのに」
「作業の邪魔です。危険なので切りました」
 真っすぐに、数カ月前まで自分を絶え間無く監視し、実験を行って来た相手に向かって答える。
 以前の、『博士』が知らない強い意志を持った彼女の眼。
 美しい、と一瞬思った。その眼を見つめ返して『博士』が言った。
「ラボへ帰ろう。12号。
 13号…G.O.Dは失敗したが実験は続いている。それに12号、お前は私の作品のうちでも最高の傑作だ。この14号はお前と同じDNAデザインで作ってあるが12号程の脳力は発揮できていない。お前の脳力が必要だ」
「…やめて…」
 思わず耳を覆ったアリエータに構わず、『博士』は続ける。
「データはほとんど揃ったから以前のような苦しい実験はしないし、拒否したいならしてもいい。ここにいるよりは快適な生活を約束する。こんな醜悪な事や服を着ることは無いんだ」
「…イヤ…です…!」
「何がだ?それに生体エネルギー、脳力とそのシステムの研究はますます必要だ。フィードバック発作の治療もコロニーのラボならできる。帰ろう、12号」
「やめて!わたしを12号と呼ばないで!わたしは…わたしは物じゃない…!」
 最後はほとんど悲鳴に近い。
 何事か、とサンタナが入って来る。うずくまり、泣きじゃくるアリエータを抱え起こす。
「わたしは12号じゃない…物扱いしないで…」
「俺は、知ってるさ。何て呼べばいいのかも、な」
 その様子を見ていた『博士』が冷笑を浮かべて言う。
「違うな…これは12号だ。私がDNAのレベルからデザインして作った最高のユニットだ」
「…確かにあんたがアリエータを創ったのかも知れない。だがな、アリエータは自分の足で立って戦う事を覚えた。既に自立している。
 自立して自律する事を撰んだ者は物じゃない…今日のところはお引き取り願おうか」
 『博士』、軽く肩を竦める。『博士』の傍らにいた14号がアリエータの側にしゃがみこみ、ハンカチを差し出してささやくように言った。

「さよなら。会えて嬉しかったわ。
 そしてこれだけは覚えておいて。つい一週間前、軍の探査衛星が明らかに地球製…メイド・バイ・ヒューマンでは無い人工物の映像を送って来たわ」
 アリエータが自分と同じDNAを持つという14号を見つめる。髪の長さと服を除けば鏡を見つめているかのようだった。
「軌道の分析からどこから来たのかも分かっているし、そこはあまり遠い所ではないの…もうじき完成するワープシステムがあれば行けるわ。私たちの力が、研究が必要とされるわけが分かった?」
「分かっていてもわたしはもうラボへは帰らない」
 14号は笑って頷くと言った。
「私はラボに戻ります。あなたの事はいつでも歓迎するわ」
 14号は『博士』の側に駆け戻る。
 出て行く直前、『博士』が振り返りもせず言った。
「御主人、あなたは彼女を…幸せに出来ますか?」
「自信はない。だが努力はする」
 その答えを聞いた『博士』の肩は震えていた。泣いているのか必死で笑いをこらえていたのかは分からない。
 それ以来、奇妙な二人連れは来ていない。



 VAパーツを専門に取り扱っているジャンク・ショップは相変わらず営業を続けている。
 店主と助手の仲が『少しだけ』良くなったらしいが、『そんなのはずっと前からだ』と言う人間が大多数なので真相は不明である。




COMMENT=====================================


「なぁ、この最後の方で探査機が見つけた地球外の人工物って、ラ…」
…訊くな。

 ゲーム自体のマイナー度が高いので、機会ときっかけ(例・新作のゲームにVAが出る、とか)が有ったら発券所に移動。
(2001 0926)

■ 正面玄関