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恋愛小説
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 変な奴。


 最初に見たときからそう思った。
 その男は毎日ほとんど欠かさずあたしの隣のベッドで死んだように眠り続ける女の人―名前はカレンというらしい。カードに書いてある―の見舞いに来る。

 それも必ず花を持って。

 普通の、ごく平和な町にある病院なら別に珍しくないかも知れない光景。
 だけどここはハフマン島だ。それも前線からそう離れていないグレイロックの町。
 いつ戦場になっても不思議ではない。
 そんな場所で花。それもバラとかそこらでは簡単に見つからない高級なのばかり。
 一体どこから手に入れて来る?
 それに着ているのはUSNの士官クラスの制服。
 カレンが身内とか軍の人間なら軍の病院に入っているはずだし…。
 わからない。
 たしかにここには前線で傷付いた兵士が大量に運び込まれる。ほとんど毎日。
 それとあたしみたいにコロシアムで負傷したのとか…。
 カレンがどちらの種類の怪我人かしらないけど、士官クラスの人間がわざわざ見舞いに来るだろうか?
 見舞いにくるあの男も変というか怪しいけど、この病院は全てがおかしな所だらけだ。
 患者のほとんどがなんらかの形でヴァンツァーと拘わっている。
 軍のパイロットとか、コロシアムのファイターとか。
 やたら安い治療費と丁寧に行われる各種の検査。
 ま、あたしもそれにつられてここの病院に来たけど。
 くだらない事を考えるのはやめて、もう休むことにしよう。
 とにかくあさっての脳検査をクリアーすれば…異状無しだったらこの変な病院からも出て行ける。
 あたしは眠りに落ちる前にカレンを見た。
 点滴だの機械のチューブにつながれている。
 顔にはガーゼがびっしりと張り付き、包帯が巻かれている。かなり酷い怪我らしい。あれでは意識が戻り、目覚めても彼女の目に入るのは暗闇だけだろう。
 そしてカレンの周りを取り囲むあの男が持って来た大量の花々。
 窓から入って来る月の明かりに浮かぶそれらは狂気にとりつかれた画家が描きそうな、シュールな光景だった。
 どの花も今は美しく咲き開いているけど、ほとんどがもう満開だ。あとは散って行くだけ…。
 眠りの闇の中を匂いが微かに漂って来る。


 それは何となく…あたしに死臭を連想させた。




 陰気くさい部屋だ。昼間だというのにブラインドを閉め切っているせいか圧迫感がくる。
 だがその程度は妥協しなくては。ここはグレイロック病院の会議室だ。完全防音とはいえ、用心するにこした事はない。
 広いその部屋にいるのは自分も含めたった二人。どちらもニルヴァーナ機関の関係者だ。
 手元にあるペーパーを手に取り、手早く目を通す。


 BDマテリアルに関する報告

 BDマテリアルには安定した供給ができる利点から今まで培養されたものが用いられて来た。だがそれには培養コストと時間が掛かり過ぎるという問題点があった。問題解決のため、成体マテリアルの使用を検討した。以下はBDマテリアルとして用いるのに適した成体及びマテリアルの状態の条件である。

1・ヴァンツァーのパイロット経験者である事。
2・20齢から40齢の健康体
3・マテリアルは『生きて』いる事。外的・内的損傷が  ないものが望ましい。

 問題点・個体差による性能のばらつき。良質のマテリアルをいかにコピーし、量産するかが技術的問題になると思われる。


「…当然ながら、パイロット技術が高い程良い性能を示します。それと、データ不足のため確証がないのでここには記載しませんでしたがマテリアルはMタイプよりもFタイプのものが反応が滑らかです…以上の条件に照らし合わせてBDマテリアルに適した患者をリストアップしました」
 メディックからの報告はここで一旦終わった。
報告を受けたドリスコルは手元のリストをチェックする。
「…少ないな」
「質の良いものをセレクトすればどうしても少なくなりますよ。粗悪品はできるだけ出したくありませんから」
「もっともだ。ところで、先刻言ったMよりFの脳がいい、というのはどういう事だ?」
「結局のところ、Fの方が右脳・左脳の機能のバランスが取れているのです。Mは右脳・左脳の使い分けに偏りが見られますがFにはそれがほとんど見られない…反応速度が早いですよ」
「だろうな」
「…は?」
「いや、何でもない」
 まだメディックが怪訝な顔で見ている。
 だが彼の言ったことは自分の経験で既に知っている事だ。そう…あの例のラーカス事件の時に。あの時、本来なら捕虜など取らず、証拠隠滅のため消すのが常道だ。それでも殺すには惜しいと思い、アレを拾って来た。
 それなのに…。
「リストの中にカレンがいないな…」
 見落としたのかと再度リストを確かめる。
 やはりいない。
「今の状態の彼女はマテリアルの状態がはっきりしません。第三条件の関係ではじきました」
「リストに入れろ」
 あきれた、と言いたげな顔がメディックの表情に浮かぶ。そしてそれは声に出た。
「何故です?どうして彼女にそこまでこだわるのです?そんなに気に入っているのですか?」
「そうだ」
 否定はしない。
 気に入っているか、だと?当然だ。惚れ込んでいると言っても過言ではない。そうでなければわざわざ拾って来たりするものか。
 あの時。不意をつかれたにもかかわらず、すかさず反撃に移った反応速度と技量。
 ヴァンツァーの、ハードウェアのレベルが同等で一対一だったとしたらやられていたのは俺かも知れない。
 どうしても欲しいと思った。
 あれは俺のだ、と。
 メディックはあきらめたように言った。実際、呆れていたのかも知れない。
 相手は戦場でのカレンのことを何も知らない奴だ。どう思おうが構うものか。
「わかりました…ただし例の移送日…X―DAYまでに彼女の意識が戻らない場合は外しますからそのつもりでいてください…」
 これがギリギリの妥協点だろう。
 しかたなしに同意し、報告書とリストを始末する。ガラスの灰皿の中で燃えて行くそれを見届けると会議室を出た。
 そのまま病棟へ、カレンの所へ向かう。
 意識が回復しているのではないか、という微かな希望を抱いて。今の彼女の状態を目にするたびに後悔の念が押し寄せて来る。

 あの時、もう少し手加減をするべきだった、と。

 カレンは先刻の会議室とは対照的に窓が広く、明るい病室でいまだに死んだように横たわり、眠り続けている。
 点滴のチューブとセンサーが繋がっている手。機械に繋がるそれらはなんとなくアナスタシアを思い出させた。
 誰よりも大切に護らなければならなかった嫌な女だ。
 カレンの手を取り、そっと包み込む。ヴァンツァーパイロット特有の堅く引き締まった手だ。
 暖かく脈打つそれは確かに彼女が生きている事を示していた。
「…その人、あなたの恋人?」
 遠慮がちな質問の声。
 振り返った視線の先に東洋系の子供がいた。カレンの隣のベッドだ。カードにはヤン・メイファと書かれている。中国系らしい。
「恋人…?そう見えるのか?」
 その子供が頷く。
 たしかに何も知らない人間が見ればそう見えるかもしれない。今日は例外だが、いつも花を持って怪我をした女を見舞いに来る男などというのは肉親かあるいはそれに近い関係の者だけだろう。
 俺とカレンの関係は子供が言う通りかも知れない。かなりそれに近いと思う。最近は事あるごとにカレンの事を考えているのだから。
 そう、絶えず自分以外の誰かの事を考え、想い続ける事が「愛」だと言うなら俺はカレンの事を愛していると言えるだろう。そして本国にいた頃のアナスタシアとの事も。
 だがアナスタシアは消えてしまった。逃げたのだ。絶対に手の届かないところへ。

 カレンにはそんな事はさせない。
 あれは自分のモノだ。
 ずっと逃げないように、そして壊れないように手の届く所に置くのだ。一番純粋な状態で。そしていっしょに…一つのものになるのだ。俺のそばから離れて行こうとする足や反抗しようとする手、余計なことを見聞きする眼や耳、恨みや愚痴を言う口はいらない。そんなものは余計な部分だ。本質の部分だけあればいい。
 いつも俺の事だけを想っていればいい。

 子供にはこんなことをいくら説明したところで理解できないだろう。自分で体験しない限り。
 だからこう答えておいた。
「ならばそうなのだろう」と。
 嘘を言ったつもりはない。本当の、真実を言った訳でもないが。
 真実を知ろうなどとは無駄な事だ。できるわけがない。
 だからこそ信じたい事を信じればいい。
 そうすればそれが真実になるのだから。




 退院前日。
 あの男が来た。けれど花は手にしていない。
 あたしはとうとう我慢出来なくなり、二人の関係で一番近いと思うものを尋ねてみた。
「…その人、あなたの恋人?」と。
 二人の関係はそうとしか予想できなかった。
 だって、時々包帯を換える時に見える彼女の顔はかなりの美人だったのを伺わせるけど酷い傷がついている。
 医者から聞いてあの男もそれは知っているはずだ。
 それでもこんなにカレンの事を大切に想い、彼女の所に来るなんて…他にどんな関係がある?
 男はゆっくり振り返り、昏く何の感情も読み取れない目であたしを一瞥すると言った。
「恋人…?そう見えるのか?」と。
 逆に質問されたあたしは頷いた。瞬きする程の時間、男は考え込み、さっきと同じ低く平坦な声で言った。
「ならそうなのだろう」
 それだけだった。
 そしていとおしげに握っていたカレンの手をそっとベッドに戻すと病室を出て行った。
 そう…つまり二人はそういう関係なのだ…。
 その日の夜。要するにあたしがこの病院を出て行く日の夜明け前、一番暗闇が濃い時にカレンは意識を取り戻した。
 恐ろしい絶叫…そして悲鳴とともに。
 どうしてあんな悲鳴を上げたのか、ようやく落ち着いたカレンに尋ねても「怖い夢を見たのよ」と言うだけ。
 決してどんな夢かを答えようとはせず、とめどもない話をし続けた。
 まるで何かを恐れ、それを忘れようとするかのように。
 カレンがどんな怖い夢を見たのか、何を恐れているのかあたしには解らない。
 だけどきっと…大丈夫だと思う。あれだけカレンの事を大事にしている人がいるのだから。

 あたしはその日、予定通り病院を出た。




■正面玄関