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恋愛小説 c


わたしは想う、だからわたしはいる。
あなたを想う。だからあなたがいる。

あなたがいて
わたしがいる




 ドリスコルは執政区警護団の長だった。
 軍の中でもエリート中のエリートが回される部署だ。
 誰が執政官―ザーフトラ共和国の首長―に選ばれようとその身辺を警護するのがドリスコルの任務であり、彼はそれを誇りにしていた。アナスタシアが執政官になるまでは。
 ドリスコルの家は代々ガーディアンとかかわっていた。警護団長職は世襲制ではなかったがCシステムというエリート養成制度が実施されるようになってからは世襲になっていた。
 ドリスコルの父が事故死した時、後任にドリスコルが品格技量ともに抜群として選ばれたのは当然の事で、誰も反対はしなかった。
 若すぎるのではないかという懸念の声がなかったわけではないが、ドリスコルがCシステムの人間ということが広まるにつれてその声は消えていった。
 ものごころつく頃から徹底した教育が行われ「おまえは他の人間とは違う」と言われて育った。
 ドリスコルはそれに何の疑問も抱かず、次々に与えられるカリキュラムを黙々とこなして育った。彼を創ったのは親であり、Cシステムそのものだった。
 だが、そんなドリスコルの心を動揺させる子供がいた。

 アナスタシア。


「警護団長?それがなんだっていうの?」と幼年学校でアナスタシアに言われた。
「わたしはそのうち執政官になるわ。そしてあなたなんかクビにするのよ。いいえ、あなたの家そのものを消してやるわ」
「……そんなことできるわけない。きみただの人間でCじゃないから」
「じゃあ、あなたはどうなのよ。あなただけじゃないわ。Cのやつらはみんなそうよ。みんな養子じゃない。あなたなんか野犬から生まれたのよ」
「ちがう」
 犬から生まれたどうこうはともかく、養子というのは事実だ。
 Cシステムの子供はみんなそうだ。システムは国の要職に就くにふさわしい遺伝子を持った子供を広く探し、選別する。そして現職、あるいは退職した官僚あるいは軍人の家庭に養子として引き取らせる。そうする事で徹底した教育を行うのだ。
 だからドリスコルが警護団長になるのは当然で、もしも警護団長に選ばれないとなるとドリスコルの存在意義がなくなってしまう。
「野良犬」とアナスタシアは言った。
 犬じゃない、人間だ。犬に見えるならおまえの目は狂っている、とドリスコルが珍しく感情的になって反論すると彼女は人を見下した笑みを浮かべて言った。
「あら、どこがちがうっていうの?受精卵のあなたを野犬の子宮に入れたのよ。あなたは野犬から生まれたの。わたし、知ってるんだから」
 事実ではない。だが真実には近かった。
 ドリスコルは人工子宮から生まれた。未来の軍のエリートである警護団長となるべく遺伝子を組み合わせ大切に育てられたのだ。試験管の中で受精した時から。
 そのことは極秘のはずだった。
 だがアナスタシアは知っていた。
 何故彼女が知ることができたかは彼女がこの学校―Cシステムの子供がほとんどのエリート校―入学した理由から明らかになった。コンピューターの天才。どんなガードを施そうが最新鋭の人工知性体だろうが簡単に手なづけることのできるウィッチ。彼女はCシステムの中央コンピューターに侵入したのだ。
 なにかとことあるごとにアナスタシアはドリスコルに突っ掛かって来た。ドリスコルには無視できないただ一人の人間がアナスタシアだった。力に訴える事はやろうと思えばできたし負けない自信はあった。だがそんな事は彼の誇りが許さなかった。第一、アナスタシアは女なのだ。それもドリスコルよりも年下の。
 彼は守りに徹するしかなかった。たえず精神的拷問を受け続ける悪夢のような学校生活だったと今でも思う。そんなのが高等学校まで続いた。彼女が政治大学に進学し、彼は士官学校に入学することでようやくアナスタシアと別れることができた時は内心ほっとしたのだ。これで悪夢は終わると。

 だが、警護団長になってから数年後、その悪夢が蘇った。

 遠い過去に言っていたようにアナスタシアは執政官になったのだ。警護団が、そしてドリスコルが守るべき相手に。
 簡単に警護団長をクビになるとは思わなかったが、執政官ならそれができるのだ。いつでもそうしたいと感じた時に。理由など後でいくらでも作れるしアナスタシアならできる。昔からコンピューターの扱いに長け、何重にもガードがはりめぐらされたCシステムのネットワークにやすやすと出入りしていた彼女のことだ。情報操作などたやすくやってのけることだろう。

 ドリスコルは既に大人になっていた。だが過去に受けた傷は決して癒される事なくそのまま残っていた。
 執政官に就任してからのアナスタシアには職員の顔合わせで直接会った。
 最後に見た時よりも彼女は美しく、若々しく、自信に満ちあふれたていた。外見は完璧な、理想の『執政官』。

 アナスタシアは執務室の専用の椅子にゆったりと腰かけ、首の後ろに埋め込まれたプラグ―執政官の証しだ―をコンピューターに繋いでいた。そして国中から集まる膨大な情報を処理しながら艶然と微笑んで言った。
「これからよろしく。警護団長殿」と。
 国民のほとんどを魅了するその声と笑顔。
 カメラと他の職員の手前、ドリスコルも笑っていたが直感で解った。
 アナスタシアは昔のままだ。しかも自分の力を最大限生かす事を覚え、以前よりしたたかになっている。


 いやな、女。
 いやな女だが攻撃できない。
 アナスタシアの就任に反対できなかったわけではない。
 だがそんな事をしても彼女は執政官に選ばれただろう。そして反対などすれば警戒され、自分の立場が危うくなる。そんな事はできない。自分の存在意義と言い換えても過言ではない警護団長の地位が危うい。


 学校時代が蘇った。

 それもさらに性の悪い形で。


 どんなにいやな女だろうと相手は執政官だ。守らねばならない。場合によっては命を懸けても。手を出したら負けなのだ。防戦に徹するしかない。
 眠るたびに悪夢に悩んだ。アナスタシアが出て来る。当然子供ではない。だがあの時と変わらない、どこか人を見下したひそかな笑みを浮かべて言うのだ。
「野良犬のくせに」と。
 いつ現実にそう言われるか、ドリスコルは恐れた。
 早くアナスタシアの就任期間が終わればいいと願った。あるいはどこぞのテロリストが何かしないかと。
 だが、その願いが感づかれたらと不安になった。ガードのネットワークが見ている。ドリスコルが執政官を守る、という任務のために念入りに創った防護ネットワークシステムが。当然このネットワークも執政官のプラグに繋がっている。そしてそのプラグはアナスタシアの脳、いわばアナスタシアそのものに直結している。

 決していやだという想いを感じとられてはならない。
 そして顔を会わせたら笑顔で応対しなくてはならない。
 いつ、どこでカメラが待ち構えているか油断はならなかったから。

 心を隠し、表情を作る。『意識』と『意志』を切り離して精神をねじ曲げ、彼女は立派な執政官だと信じるよう常に努力するのだ。


 静かな、それでいて激しい戦闘が毎日ドリスコルの内部で繰り広げられた。
 こんなのがいつまで続くのだ?
 アナスタシアという執政官が辞任するまで?あるいは死ぬまでか?
 どちらもあり得ない。


 執政官の人格は不慮の事故に備えて政務コンピューターに限りなく完全に近い状態でコピーされている。それにCシステムがアナスタシアの遺伝子を保存しているのだ。
 アナスタシアが希望すれば彼女の人格と遺伝子を持った子供が創られ、育てられ、成人するだろう。
 ひょっとしたらその娘も執政官になるかも知れない。アナスタシアの後任として。


 ぞっとする。
 イヤダ。


 その想いはアナスタシア…今では女神の如くザーフトラ共和国のあらゆるネットワークシステムに君臨するあの女に決してけどられてはならない。
 考える事もしてはいけない。感づかれる。

 ダガ・コノママデハ・オレハ…。
 狂うか自殺する。いや、自殺させられてしまう。アナスタシアから受ける過負荷によって。それも近い未来に。
 回避の方法がないわけではない。


 たった一つ。


 ドリスコルはその考えを無意識の奥底に封印し続けた。
 条件が全て整う時が来るまで。


 その時は来なかった。
 永久に。
 執政官に就任してきっかり一年後にアナスタシアは自殺した。
 一片の細胞、DNAすらも残さずに。


 完全に炭化したアナスタシアだったモノ―かろうじて残っていた銀色のプラグとコードから判明した―を強行突入した警護団が執務室で発見した時点で彼女自身の記録・痕跡すべてのデータがネットワークから消えていた。Cシステムからもだ。
 警護団としての責任を糾弾されたがドリスコルにはそんな事はどうでもよかった。

 アナスタシアが消えた。
 自ら希い、自分の能力で消滅したのだ。


 ソンナコトハ・ユルサレナイ。


 アナスタシアは自分が殺すのだ。
 彼女がドリスコルに与えたのと全く同じ、絶え間無い精神の苦しみを味わい、最後にはドリスコルの顔を見てのショック死。それがアナスタシアの死因になるはずだった。
 ドリスコルの中から何か大きなものが消えた。代わりにやって来たのは標的を無くした復讐者のような『空虚』だ。


 アナスタシアが必要だ。
 彼女を殺す事が。


 ドリスコルは『空虚』に戸惑い、混乱した。
 そして優秀な執政官を失ったザーフトラ共和国内も混乱し、ごく短い期間のうちに弱体化した。
 数日後。
 混乱の最中、ドリスコルのデスクに手紙が届けられた。
 真っ白な封筒には小さく『野良犬へ』とだけプリントされていた。
 差出人は明らかだ。
 恐怖がちらりと頭の中をよぎった。それにはかまわず開封した。
 出て来たのは一枚の手紙。
 しかも肉筆だった。



 この手紙をあなたが読んでいる時はわたしはこの世界から完全に消えている時でしょう。
 国内は大変な事になっているかも知れません。この手紙以外はなにも残さないようにしましたから。
 あなたにだけは本当の事を知っていて欲しいと願いこの手紙を遺しました。
 わたしにはずっと好きな人がいました。
 わたしがコンピューターを玩具のかわりにいじり出した頃からです。
 ネットワークの中で見かけたあの人にどうにかして近づきたくて必要な能力をわたしは身につけていきました。
 教養、弁舌、ありとあらゆる鍛えられる部分を磨きました。
 あの人に会えるならつらくはなかった。
 ようやく同じ学校に入り、あの人を間近で見る事ができた時には感動で体が震えました。
 だけどあの人にとってはただの同じ学校の生徒の一人に過ぎません。

 もっとあの人に近づきたかった。
 あの人にわたしを見て欲しかった。

 そしてわたしの事を考えて欲しかった。
 でもどうすればいいのかわたしには分かりません。
 そんなことは誰も教えてくれませんでした。

 あるとき、わたしはあの人に酷い言葉を言いました。
 その時です。あの人が初めてわたしを見てくれました。そしてわたしにだけに対して差し向けられる特別な感情。
 それが好意でなくてもわたしは嬉しかった。

 わたしは次々とあの人に酷いことをしていきました。
 でもあの人がわたしを見ていたのは最初のうちだけでした。やがてあの人はわたしを無視し、決して振り返る事はなくなりました。
 長い時間、わたしは考えました。どうすればあの人はわたしを見て、わたしの事を思ってくれるのかと。
 そしてわかったのです。
 あの人の一番近い位置で何でも自分の思いのままになる地位に着けば良いと。

 その地位に着いてあの人と再び会った時、あの人はわたしに笑いかけてくれました。
 けれどその瞳にはわたしに対する何の感情も浮かんでいなかったのです。
 そして何でも思いのままになると感じていたその地位はかえってわたしを縛り付け、制限しました。

 いつになってもあの人はわたしに何の想いも向けて来てくれません。
 あの人への『想い』がわたしの存在意義です。なのにいつまで経ってもあの人にとってわたしはただの任の対象でしかなかったのです。義務としてついていなくてはならないモノなのです。モノであってけっして人として、一人の女として見ていてくれません。
 そうなると今の地位も何もかもが嫌になりました。そしてわたしの全てが。わたしの存在そのものが。

 だからわたしは消えます。
 でもわたしの好きだったあの人…あなたにはこのわたしの『想い』を知っていて欲しかったのです。
 昔にわたしが行った酷いことの数々を許してください。

 あなたが好きです。

 あなたには沢山酷い言葉を差し向けてきました。

 でもこれだけは本当の事です。
 あなたが好きです。



 読み終わった後、ドリスコルは手紙を丁寧に折り戻し、念入りに破ると火を点けた。
 完全に灰になるまで見届け、粉々にする。
 その間ずっと笑っていた。渇いた笑い。
 『笑う』などということは一体何年ぶりかわからない。

 だけどこれだけは分かっていた。
 あんなのはアナスタシアではない。

 アナスタシアは俺を見下し、顎で使い、執務室でふんぞりかえっていた女だ。
 あれは、あの手紙はアナスタシアの罠だ。
 巧妙にずっと俺を悩ませ、苦しませるための。


 俺は、だまされない。

 絶対に。



 同日、ドリスコルは警護団長を辞任し、前線での任務を希望した。
 執政官の自殺を防げなかった責任の取らせ方を決めあぐねていた上層部はすぐに新しい辞令を下し、ドリスコルは本国から出た。
 周囲の者は「左遷」と言ったがそんな事は構わなかった。『アナスタシア』という悪夢から完全に逃れられるならば。
 新しい任地はハフマン島。

 太平洋に浮かぶ『火薬庫』だ。
 あそこならアナスタシアの事を考えないでいることができるだろう。
 多分…。






あなたに想われて、わたしがいる。





COMMENT=====================


 アナログ(コピー本の形状)で出したとき、本の中の対談に対して

「好きでもないゲームの本を作るな」

という白四角信者から苦情の手紙を貰う、という大変ユカイな思い出付きの本に収録してた話。

 好きでもないゲームでも、話がドウシヨウも無く書きたくなるときは在る。
 同じくらいに、好きすぎて書けない時も有る。(2001 0926)



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