気をつけなさい。
彼は最後にこう結んだ。
「変な人間と思ったでしょう?記録方法に人の手による筆記、もしくはとうの昔に廃れた完全マニュアル入力でコンビューターや電子システムのサポートが無いタイプライタを用いる事、などという面倒な注文を付けるなんて」
取材に入る前に『プロフ』と呼ばれている目の前にいる中年の男性はわたしの更に遠くを見つめて言った。この手
、俗に天才と呼ばれる人間には変わり者が多いと言うが、彼の提示してきた取材の条件は暗に取材を拒否しているに違いないとわたしは思った。
「探すのに苦労しましたけど、見つけて来ましたよ。タイプライタ。その分のお話は聞かせていただきますから覚悟なさって下さい」
「お手やわらかに頼むよ」
「まずはなぜわざわざ記録媒体の指定をなさったのです?」
「実は機械が嫌いでしてね」
「CHシステム設計者の一人であるプロフのお言葉とは思えませんね…また、何故です」
「正確にはコンピューターや人工知能、それらを組み込んだ機械が怖い。怖くてたまらない」
「…どういった『怖さ』なのです?」
「とんでもないものを創ろうとしているんじゃないかという恐怖だ」
「必要だから創ったのでしょう?そしてCHシステムの必要性はいまや世界中の人々が認めています」
「そうだろうな」
この惑星が抱える深刻な問題。
たくさん、うんざりするほどある。
マスクとUV防護クリーム無しでは外出もできず、以前は冬になると海が凍りついたこの国でも冬季に気温が20度以下になる日はほとんど無くなった。降る雨はコンクリートを腐らせる。
深刻な環境汚染が原因でもある資源と食料を巡る戦争と暴動が各地で起こっている。
それらを解決できるであろう、理想の物質循環・配給システムとネットワークを彼を中心とした科学者と技術者たちが提案し、設計した。
「だがな、あれが完成に近づくにつれて本当に良かったのか私は不安になる。完成したCHシステムは作動すれば全てシミュレートを基に最適の途を選び実行する。完全な独立分離型のシステムだ。公平さをきたすために人間が極力介入しないようになっている」
「完璧ですね」
「…そう。そう見えるだろう。だが…あのシステム全体を一個の『生物』として見たらどうだ?生物に必要な条件はほぼ備えている。物質の取り込み、生産、パーツの更新、その他」
「システムは無機物でしょう?」
わたしのこの言葉に対してプロフは一瞬、唇を歪めた。皮肉な笑い。
「生物、そして遺伝情報の媒体が有機物でなくてはならないという必要性はどこにもありませんよ。どこにも、ね」
「……」
「その点がさらに不安の基です。肉の身体と魂を持たないシステムは他者の痛みを感じるか、とね」
「他者…」
「我々、人間です。あれにとって人間は多数の他者です」
不気味で気まずい沈黙が続く。わたしは彼が話すのを待った。
「私は…我々は決して気づかない場所にいつもいる魅力的…魅力の源は利便性だ…そんなサイコパスのようなシステムを作っているのではないかと不安になる。
ある日突然、何かのきっかけで賢くて聡明だが良心のかけらもない残酷なものに化けるのではないかとな」
「きっかけ…例えば…?」
「供犠 (いけにえ)」
ぼそり、と彼の口から出たその言葉は私のタイプを打つ手を一瞬凍りつかせた。
「何を驚く?人間は昔から自分の手で作った物に命を吹き込もうといろいろな儀式をしてきた。今もな。知っているだろう?」
巨大な建築を行う場所を塩で清め、酒を捧げる。
かつての船の進水式ではドレスで着飾った女性が舳先でシャンパンをたたき割った。
基礎部分に使い込まれた靴が埋められていた古代の遺跡。時々、靴には中身が入っていた。
鉄剣の製造。仕上げには殺したての家畜の血と肉で冷却した。人間だったこともある。
シールドマシンがなかった頃。トンネル掘削中には落盤事故が発生し、多数の死者が出た。生き残った者は「ようやく血にありついたんだ。これでヤツも安心するさ」と囁きあったという。
そのことを指す『人柱』という言葉。
「今のところ、システムの作業員で事故にあった者はいない。完成するまでそうである事を祈るし、プログラマー達にどうにか…『良心』というものを組み込ませるようにするさ。どうにかな」
プロフは時計を見る。取材の約束は作業の休み時間のみ、ということだった。
時間がもうない。取材は終わりだった。
わたしはCHシステム完成後に再度の取材の約束を取り付け、プロフと別れた。
追記・CHシステム起動前日、プロフは行方不明になった。『失踪』ということになっている。
翌日、CHシステムは予定通りスイッチが入れられた。
遺伝学の研究によると最も効果的な遺伝機構とは最も単純なもの、単一の指令で動くシステムである
この指令ひとつで十分だったのかもしれないが無分別な好奇心は危険なだけだ
それによって人が死ぬこともあるとなると、かえって目的達成の妨げにもなる
そこで打たれた手というのは好奇心に焦点を絞らせた上、過程を加減し方向性を与える事だった
たったひとつの指令でことたりたのだ
必要だったのはそれだけであとは自然に事が進んだ
わたしたちは警戒をといたままわたしたちはその指令に突き動かされる
いくらもたたぬうちに所有欲や競争心や攻撃性などが頭をもたげ、テクノロジーが発達する
こうして『機械時代』へ、わたしたち人間にとって代わろうとする機械たちの文化への創造へと、過程は不可逆的に突き進んで行く
わたしたちは「機械化された哺乳動物」、みずからの廃退をたくらむハイブリットなのである
ライアル・ワトソン『シークレット・ライフ』より