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 わたしは触れられるかのような濃い闇に溶け込む
認知し、判断し、手足を動かしてコマンドを送り込むという煩わしい作業を必要とせず、「思う」だけで良い状態
周囲の様子は手に取るように『認知』される

まるでスーツも何も無いまま、飛んでいるようでした。

(CLS被験者報告書から抜粋)





「時間です」
 顔見知りの技術司助手がわたしに言い、食事の乗ったトレイを差し出した。カプセル錠剤が9種類、液状の栄養剤とバッテリーのカートリッジが4つ。
 一本だけ取り付けたフレームだけのアームでわたしはそれらを規定の位置にセットしていく。
 人工子宮から吐き出された瞬間からわたしの身体は『つくりもの』で補強された。それを見たほとんどの人は言った。
「長くは生きられないのに」と。
 わたしもそのときは長くは生きられない、と感じていた。パイロットになった時、特にそう思った。
 わたしたち第三世代と呼ばれる人工子宮で育てられる人間は別名ディスポーザブル・チルドレンと呼ばれている。大量に作られ、大量に死んでいくからだ。一番死亡率が高いのがパイロットだった。どうせ長くは生きられないと言われた身体だ。パイロットのような危険な役割。いつ死んでもおかしくないと自分でも思っていた。同じ『死』なら暗く、全てのものが溶け込んでいる宇宙の暗闇の中がいいと思ったわたしは規定時間の許す限り戦闘に参加した。
 戦闘。いつ終わるとも知れない、狂った惑星管理コンピューターシステムCHとの戦い。人間があの冷たい金属のフレームとネットワークでできた惑星から自分たちの手で作り出したCHに追い出されてから約一世紀。ずっと戦い続けている。
 気がついた時にはすぐに死ぬと言われ続けたわたしは生き残り、トップクラスのパイロットの一人となっていた。
 わたしのほぼ同年代に作られ、まっとうに人工子宮を出た子供はほとんどが死んでいるというのに。
 わたしの身体そのものは今、生身である所を探すのが困難な程にまで機械化されている。
 ハードワイヤー化された神経組織、脳に直結している各種インターフェイス、20Gの負荷がかかる機動にも耐えられ、真空でも平気な身体。随所に埋め込まれた接続端子。
 敵に撃墜されたからこうなったわけではない。
 宇宙で撃墜されたら大抵即死する。生命維持装置が作動し保護用ゲルに包まれて脱出できたとしても回収されるまで生きている人間は稀だ。


 わたしはみずから望んでこの身体になった。


 CLS、と呼ばれる人間と機械を直結させるシステムの研究にわたしは被験者として志願したのだ。
 もともと『つくりもの』無しでは生きられなかったわたしの身体。
 『つくりもの』が多くなっても別に変わらないと思っていたし、いつ死んでもおかしくないと言われ続け、自分でもそう思っていた身体。パイロットとして飛び続け、あの宇宙の闇に溶け込めるなら惜しいとは思わなかった。
 冷たい鈍い色をした身体になってもわたしの『脳』はうっとおしいことに時々の休息を必要としていた。
 そして栄養も。
 わたしは中身が空になった栄養剤のケースを取り出し、トレイに返す。食事が終わったのを確認し、バッテリーの消費量を記録していた技術司助手が無言のままわたしを慎重に運搬用のカートに乗せる。
 わたしはカートをアーム一本で操作し、ハンガーに向かう。これももうだいぶ慣れた。わたしとすれ違った人間は一瞬驚き、認識票を見てああ何だ、如月か、と言う。何も知らない人から見ればわたしは義肢に使われる特殊なアームが一本ついただけの金属とセラミックでできた塊だ。驚かない方が珍しい。
 その珍しい人間の一人がハンガーのわたしとわたしの機体専用のエリアにいた。
 艶のない青灰色の耐レーザー塗装が施されたわたしの機体・X―LAYを見ていたドクがカートの音に気づいて近づいて来た。
「調子はどうだ」
「悪くないですよ。ドク。X―LAYの方は?」
「恐らくこれが最終バージョンとなる。後は実地訓練のデータを何度が回収してそれを基にマイナーチェンジを繰り返す。…多分な」
 そこまで言って、ドクはちらりとわたしの脚があったあたりを見た。改装の終わった機体の説明を淡々とドクは続ける。
「標準武装のロックオンレーザーは全部で8本、フュージョンガンは2門装備している。生命維持装置を積まなくていいって知った途端、ブルーの連中(無機物・ハードウェアを担当する技術司)がとんでもないスピードと武装の強化をした。そのせいでシールドがかなり薄いが…いけそうか?」
「ドク、あなた方はわたしが最大の能力を…この場合は脳力といったほうが良いのですか…これを引き出すのに最適の機体を作ったのでしょう?」
「…そのつもりだ」
「そうなのでしたら、大丈夫ですよ」
 腕や脚を切り落とした代償にX―LAYに積み込まれているたくさんの支援・強化システム。
 わたしはX―LAYのコクピットと言うよりは隙間に移動する。接続端子に取り付けられているカバーを外し、人間でいうなら顔にあたる部分に埋められたセンサーとX―LAYのシステムに接合する。邪魔なアームも取り外す。
 それらの部品を受け取りながらドクがわたしとX―LAYの接続部分を生身の目でチェックする。合図と同時に電源が入りシステムが起動、その瞬間にX―LAYはわたしの特殊な服となる。戦闘用の服。


 服というよりも『体』そのものか?


 機体の真後ろにいるドクがセンサーを通じて感知できる。人間の体では決して見ることが出来ない、真後ろの部分が見ることが出来る。アーム(腕)は文字どおりアーム(武器)となる。
 人間とは似つかぬ、つくりものの、機械の、わたしの今の体。
 ドクがわたしの機体の生体との接合部分をチェックしている。その端末にわたしはアクセスした。
『ドク』
「どうした?どこか変な所でも?」
『いいえ…整備も改装された部分も完璧です。エラーもバグもありませんし、反応誤差は許容範囲内です。

ただ…機械とは何ですか?』
 唐突だったためかドクは戸惑う。端末を音声入力からキー入力に切り替えてドクは答えた。
「人間が決して持ち得なかった能力を具現化したもの」
『CHとそのシステムは人間の手によって作り出された新たな生物種と見なせますか?』
「外部の物質・情報の取り込みと排出、分裂などによる自分と似て非なるものの生産、部分または全体の『死』のプロセスを有するという点では生物と言えないことも無い。『魂』を有するかどうか、という点も考慮すればあれが生物なのか私には答えられない」
『なぜ?』
「『魂』の有無の証明は『魂』というものが物質ではなく、概念であるため困難だ」
 魂。
 わたしには有るのか?
 使い捨てられる子供達…第三世代の一人であるわたしには魂が有るのか?
 人と人ではなく、人の手によって交配され、人の手に作られた人工子宮で育てられ、つくりものの体でなくては生きられなかったわたし。
 機械=人の手によって作られたもの。
『ドク、わたし・如月 零は機械ですか?』
「違う!」
 ドクの答えは音声で返って来た。
 同時にチェック終了・作業員は退避するようにとメッセージがハンガーに流れる。照明が黄色に変化し、カタパルトにX―LAYが繋がれる。
 これから始まる実地訓練のデータが送られてくる。


 データ収集艦はすでにフィールドにてスタンバイ。
 模擬敵は不明。
 速やかにフィールドに到達し、模擬敵を破壊。


 これが今回の訓練メニューだった。
 改装のチェック用メニューとしては妥当な所だと思う。
 警告に従い、ドクも端末の接続を解除、退避スペースに向かう。
 何か言いたげな表情で一度、わたしの方を振り返るとスペースへ駆け込む。
 全員が退避したのが確認され、機体は発進用の電磁レールに乗せられる。
 エアロックが開くとわたしは宇宙の暗闇に放り出された。




 そしてわたしは闇に溶け込む。