SToRIX
屈辱。
それ以外の何物でも無いとローズは感じていた。
戦いに負け、ベガを止める事が出来なかった。
意識落ちる直前。
地に倒れ臥した耳元で、砂利を踏みしだく音を聞いた。彼が踏みつぶした砂利のように、粉々に『消される』という予感。
体だけ生きていたとしても、調教を受けて彼の動かす組織の名前の元ともなった『魂を持たない戦闘人間』…シャドウ・ドールにされてしまうと。
なのに。
意識が戻って見ると、傷には手当てが行われてあった。そして首には冷たい金属製の首輪が着けられてられており、首輪から延びた鎖が手首の着けられた枷にそれぞれ繋がっている。
服も代えられていた。
替えの服はベガとの戦いの時に着ていた、コートとストールではない。
「戦う者では無く、ただの一人の、人間の女」と思い知らせるような…深紅の極上のサテンを惜しみなく用いた、男が手で引き裂き、その音を聞きたいという欲望に駆られるずにはおれないイヴニングドレスに。
一人用にしては広く、清潔でキッチリとベッドメイキングがされたベッドにローズは放り出されていた。
身体が、パワーを大量に使った直後のように重い。
戦闘から時間が経っているという事を考慮しても、いつもなら回復していて、何処もおかしくも何ともないはずなのに。
ゆるゆると身を起こし、視線を上げた先にベガが居た。
部屋にはベッドのヘッドランプしか点いていないので、ローズのいる位置からはベガは暗い闇の中にいる。
それでも、ローズにはベガがすぐ近くで上等な肘掛け椅子に座してローズを見ているのが分かった。同種の力、生命の力を操る事の出来る者の気配が。
ベガの傍らには影のように一人の若い娘が控えている。戦闘服の上からでも分かる猫科動物のような、しなやかで鋭く鍛え上げられた身体。整った顔立ち。眼には感情の起伏や自己や自我、意志や意思が感じられない。シャドウ・ドールの一人、なのだろう。
周囲の事をざっと確かめている間、ローズはベガから実験動物の状態を無言で観察する科学者のような平坦な視線を感じていた。
「…何故、殺さないの…?」
「敗者をどう遇するかは勝者の勝手だ」
生殺与奪も含めて、と言外に言う。
「…私を、どうしようというの」
「どうもしない。
ここの世界には数少ないワシと同質の力を持つ貴様に、此処の特等席からワシがこの世界を手にし、思うさまに蹂躙するサマを眺めていてもらおう。ローズ、キサマは何もできないもどかしさと絶望に苛まされ、蝕まれてワシの目の前で悶え苦しむがいい」
「そんな事はさせない。止める」
「止める?
力をワシに奪われ、封印された、ただの女となっている今の貴様に何が出来る?」
嘲笑を含んだ声で、ベガは告げた。
「私が此処で動けなくても、あなたの悪行を見過ごすほどこの世界の者たちは甘くないわ。
私ではなくても、他の誰かがきっとあなたを止める」
「それどうかな…貴様が言う、ワシの行為を見過ごさない者が居るのと同様に、ワシの下での管理を自ら望んで受け入れて行く者も居る。
ローズ、自らの無力を此処で思い知れ」
音も無く椅子から立ち上がるとベッドの上で上半身を緩く起こすのさえ辛い様子のローズを見下ろした。まるっきり、これでは標本板に視線というピンで刺し留められた虫だとローズは思った。
力が封印されて戦えないなら、せめて口で、言葉で、態度だけでもベガと戦わなくてはならないとも。
だからこそ、言わずに居れなかった。
「ベガ、あなたは世界を手にする事が出来るかも知れない。
でもあなたの魂はそれで満たされるの?」
「魂、だと?
ワシは魂の充足などという安楽や怠惰を希んではおらぬ」
言い残し、ベガはきびすを返した。
傍らに控えていたシャドウ・ドールがドアを開く。
ベガが出て行き、ローズはただ一人部屋に残された。
呼吸を整えて、自身に着けられた首輪と首輪に鎖で繋がる手枷を壊そうと試みてみる。別に他に鎖が延びていて床に固定されていたりしているわけでは無い。細い鎖さえ切れれば、両手が自由になる。
それなのに、いつもなら容易く捩れ、斬れる小さな金輪の連なりは何処も歪まない。手応えも何もなく、逆に力が吸い取られ首と手の枷が重くなっていく。
力を封印した、というベガの言葉は本当らしい。
一瞬、ローズは心に諦めの、昏い憂鬱が拡がって来るのを感じる。
即座にそんな自分を叱咤する。
まだ戦いは終わったわけでは無い、と。
世界がベガの支配を受け容れる者ばかりでは無い、と。
決して。
「何か言いたげだな、キャミィ」
「何故あの女を生かしておくのです?」
「『調教』のしがいがある。暇つぶしには丁度良かろう」
「危険ではありませんか。ベガ様を殺そうとしている女を調教するなど…」
「ワシがローズにやられるとでも?」
「いいえ」
ベガ様は強い御方。
人間を超越した力を手に入れた御方。キャミイにとってベガは神に近しい。
否、神をも越える、唯一にして絶対の者。仰ぎ、服すべき御方。
その御方がたかが一人の人間の女に、御心を傾ける事などという事。『神』が一人の人間に拘るなどという事は有ってはならない。
それを伝えたくとも、口には出来ない。神に意見を述べるなど、赦されないことだ。
ただ唇を噛みしめ、うつむいたキャミイの戦闘時に邪魔にならぬように編まれた長い髪をベガは手に取った。
無骨で、幾多の命を奪った手と分かっている。そうと感じさせない、繊細で優しい所作で編み目をゆっくり指でなぞっていく。
手触りを確かめ愉しむようにキャミイの髪に触れながらベガは言った。
「ローズに命を捕られるようではワシもその程度の者だと言うことだ。
危険な者を目の届かない遠くに退ける者はいつか寝首を掻かれる。真に危険な者は手元に置く方がよい」
玩んでいたキャミイの髪を手から外すとベガは背を向けた。
「分をわきまえず差し出がましい事を申し上げました…お赦し下さい、ベガ様」
ベガは振り返らない。
その背に、キャミイは深く礼をする。
キャミイを信用し、背を向けても良いと無言で告げている絶対者の背に。
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補足という名の蛇足
下書きメモの隅には「課題・カッコイイ且つボスなベガ。思わず『様』づけで呼びたくなるぐらいカッコイイ、ボスなベガ。筋肉ダルマ却下」だの書いてあります。本当に、いつメモったのか不明なメモ。
ですが、仕事の関係でゲーセンが半径80km内に一軒も無い地に引っ越してくる前に書いたメモと推定されるので「ZERO2」の頃の設定が基になっているようです。
追記事項(2001 0923)
タイトル確定。スペルがstorixで正確なのか不明。読みは『ストリックス』。出典は以下の通り
『その頭(かしら)は大きく、略奪のための嘴と鋭い爪をそなえ
眼ざしは不動、翼の羽根の色はあくまでも灰色である。
彼らは乳母に見衛られていない子供をもとめて夜の間のみ飛行する
子供は揺籃から奪いさられると陵辱され、嘴で肉を、柔らかい肉を、ずたずたに引きちぎられ
かくて喉はいちめん血まみれとなる。
人びとは彼らをストリックスと呼び、その名の起こりは
その鋭い鳴き声が夜のさなかにおぞましくひびくところからきた。』
オウィディウス『祭暦(ファスティ)』によるストリックスの表象より。
吸血鬼のプロトタイプ、古代ギリシャ版のひとつの模様。
ヨーロッパの、コウノトリ(stork)が子供を運ぶという言い伝えと比較査察すると面白いと推定。
似た発音でいずれも鳥だがストリックスは子供を攫い、ストークは子供を運んでくる。
ストリックスがキリスト教の布教とともに変形してストークになったのか?