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16=2*2*2*2
16→1.2.4.8.16
※ 96経由で来る事を推奨 ※










 自分でも可笑しくなるくらい、平静な声で話していた。

「・・・ラケルか?オレだ。今日は帰りが遅くなる・・・だから先に休んでいてくれ」
『そう・・・
 ジェシー』
「何だ」
『無理しないで』
 朝も聞いたセリフだ、とふと思った。
 そう、無理な事じゃない。無理な事じゃなかった。ただ、慣れていなかっただけだ。

 内監の、スタインのオフィス。定刻を過ぎたせいか、入り口に控えている秘書官はいなかった。
 銀色のドアの前で暫し、ジェシーは逡巡していた。
 これから。これからこのドアの向こうで起こるであろう事。自分がしようとしている行為。妻の・・・ラケルやビリー、家族と言っても過言ではないシグルド、ヒュウガ、ラムサス。

 大切な、者。

 彼らが知ったら?
 冷静に。自分が静謐な状態で有ることを確かめるように、ジェシーは僅かな時間、目を閉じる。静かだった。周囲には人間の気配も無い。ゆっくりと目を開いて、インターフォンを押す。
「お待ちしてました」
 照明の落とされたオフィスの、正面から声がする。
 足を踏み入れ、ドアが閉じ、ロックが掛かったと同時に。光が投げかけられた。
 あまりの眩しさに、手をかざして正面の目を暗がりに、スタインのいる辺りに慣らそうとした。
 執務机に寄り掛かるように立っているスタインの傍らの光源。

(・・・っ?映写機?)

「なかなか良く撮れていると思いませんか?」
 スクリーン代わりに自分とドアに投影されている映像。振り返った先に、苦痛に耐えるようにかたく目を閉じ、背が跳ねる度に髪を振り乱す自分の顔が。

 音は無かった。

「・・・悪趣味の極みだな」
「全くです。こんな物は所詮『まがい物』・・・代用品ですよ。『本物』には及びません」

 沈黙。

「・・・それで?」
「『それで?』、ね・・・ジェサイア、あなたという人は本当に面白い人間ですよ。
 こんな状況で『それで?』なんて。随分と強気ですが・・・わたしは無理強いは好きではないのですよ。あなたがわたしから『何か』を・・・このディスクや『沈黙』が欲しいなら、少しはわたしの意を汲んで行動してくれませんか」
 唯一つの光・・・投影される映像の中で佇むジェシーの顔が、スタインの言葉にか、それとも眩しさのためか、僅かにしかめられた。
「わたしが欲しいものはとっくに通知済みですし」
 勝ち誇ったような、笑顔。

 無理な事じゃない。
 ただ感情を、暫くの間だけ麻痺させていればいいだけの事だ。
 何も感じず、何も考えず、機械のように『作業』に徹すればいい。
 そう言い聞かせると正面の、スタインの寄り掛かっている執務机に向かって足を運ぶ。

「止まって。いきなり撃たれてはたまりませんから・・・銃をそこで置いて下さい。サイドアーム(予備)も、全部、ゆっくり」
(お見通しってワケか)
 イヤな事は先延ばしにするようにという望みのため、か本当にゆっくりと武器を外していく。 
「・・・ハンドガンが4挺とは・・・ジェサイア、あなたって人は戦争でも始めるつもりですか?」
 子供のささやかなで他愛の無い悪戯を咎める、優しげとも言えそうな口調で。
「手は後ろに」
「・・・無理強いは嫌いだの意を汲んで行動しろだのと言った割には随分と注文が多いな」
「用心のためですよ。あなたの手癖の『悪さ』は有名ですから」

「手が使えないと不自由だぞ」
「手が使えなくても、出来る事は有るでしょう?」
 手が使えなくても出来ること・・・?
 考えを巡らせて、思い当たった事に、呟きが漏れる。
「・・・っの下司野郎が・・・」
「聞こえてますよ。正確には『悪趣味極まりない下司野郎』です。
 それでも・・・わたしに対する憎悪や嫌悪の表情も含めて・・・ジェサイア、貴方をわたし一人だけのものにできるなら下司野郎になり下がる価値は有ります」

 無理な事じゃない。
 呪文のように何度も唱えた言葉を。
 再び言い聞かせ、ジェシーはスタインの前にひざまずいた。






 カチ、という硬い物が触れ合う音が響く。数度目の、音。
「不器用、なんですね・・・」
 ほぼ真上からかけられた声に。
「手を後ろに回してろ、使うなって言ったのはテメェだろが」
 睨み上げて言い返す。
 先刻から、口で服の留め具を引き下ろそうとして巧くいかない。
「して欲しけりゃ、自分で脱げ」
 足の間から聞こえたその呟きに、スタインの目が細められた。
 壊れ物に触れるように、両手がジェシーの頭を包み込み、指が髪を梳く。手に巻かれた包帯から、微かに消毒薬の匂いがした。
「・・・?」
 スタインの意思が読みとれず、いぶかしんだ次の瞬間。
 髪をきつく掴まれ、引き寄せられた。

 無理な事じゃない。
 無理な事じゃなかった。 

 髪を掴んでいるスタインの手首を、掴み取る。押さえ込まれていたバネのように立ち上がり勢いにまかせて腕の付け根、間接を下から掌で突き上げ押さえ込む。流れるような一連の動き。そのまま、執務机に俯せになるようにスタインをねじ伏せた。
「・・・!」
 手早く、後ろ手に纏めたスタインの手を袖口から取り出したタイラップで留めると背中を肘で抑え込んだ。
「形勢逆転だ・・・銃を外させたのは上出来だったが、ポケットの中身を改めなかったのは失敗だな」



 スタインの言葉など聞こえない、といったふうにジェシーはポケットから手術用のぴっちりとした手袋を取り出すと制服の手袋の上から装着する。
 指を動かし、具合の良い状態になっていることを確認すると、映写機のスイッチを止めた。中からディスクを取り出すと、机のスイッチを操作し部屋の照明を点ける。
「さて、と・・・この際ハッキリさせておきたい事がいくつか有る」
 感情の籠もらない、平坦な囁くようだがハッキリと聞こえる声でジェサイアが言った。
「一つ、テメェのくだらん変態遊びに付き合うのはゴメンだ。男相手に抱かれたり抱くだのといった事には吐き気がする。
 二つ、モノをネタに誰かの言いなりになるってのはオレの性に合わない。

 そこで本題だ。

 用心深いイザーク・スタイン殿の事だから、当然やってると思うが・・・ディスクのコピーは?」
「・・・言うと思いますか?」
 まだ笑みが浮かんでいるスタインの口を、ジェシーの掌が覆う。直後。
 鈍い、肉が潰れる音が響いた。
 くぐもった悲鳴が掌を通して零れる。
「・・・昼間、テメェが言ってたように、オレはこのテの仕事が苦手だ。だが、出来ないってワケじゃない。ディスクのコピーは?」
「・・・・・・」
 右手の小指が、奇妙な方向に曲がった。
「このテの『作業』には慣れてないだけだ。
 加減が良く分からないんだが、実地体験豊富な居候がいるおかげで、テクだけはいろいろ知っている。・・・残りのディスクはどこだ?」
 沈黙。
 暫く待っても、スタインは答える気配が無い。
 溜息を一つ、吐くと、

「なに、夜は長いんだ………時間が掛かるだろうが、思い出してもらおうか。指だけでもまだ18本、残っているしな」
 ジェシーは淡々と言った。




 自分でも可笑しくなるくらい、平静な声で話していた。
「・・・ラケルか?オレだ。結局徹夜になっちまったが一回、家に戻る」
『ジェシー』
「何だ」
『無理してたの?』
「・・・・・・・・・・・・いや」
 そう、無理な事じゃない。無理な事じゃなかった。ただ、慣れていなかっただけだ。
 家に連絡を入れた後。
 トイレに入ると脇に抱えていたケースの中からディスクを取り出す。一枚一枚、念入りに折りながら備え付けのダストシュートに放り込む。
 血がこびり付いた手袋を裏返しながら外すとこれもダストシュートに突っ込んだ。
 まだ手が気持ち悪い。
 手袋の上にさらに手袋を着けていたにも関わらず、「彼」の血や汗、唾液、ありとあらゆる体液が混ざり合い、染みついているような気がする。
 液体石鹸をたっぷり泡立てて、念入りに手を洗うと家に向かった。


 今夜は久しぶりに良く眠れそうだった。



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対称番号→51


■ 正面玄関