32=2*2*2*2*2
32→1.2.4.8.16.32
※ 06経由で此処に来る事を推奨 ※
ソラリスには空が無い。
ソラリスの者の頭上に在るのは地表。
地表へ、僅かでも近づこうとするかのように彼女の体が上へ、跳ねる。
下から私に貫かれる痛みから逃れようとしただけなのかも知れない。
彼女は逃げられない。逃げ、抵抗するだけの体力も、私が掴み、シーツに押し付けた手首から感じとれ無い。
上に浮いた彼女の体は捕らえた手首に力をわずかに加えただけで引き降ろされる。
結合している彼女の中から、淫らな音が零れる。
彼女の中に、呑み込まれなかった精液と彼女自身から裂け擦れて溢れた血の、濡れた音が。
彼女は気付いているのだろうか。
上へ、地上へ向かおうともがく程。
戦う者としては完成していても女としてはまだ幼い、少女に近い彼女の体はことさら私自身を締め付け、煽り、悦ばせるだけだという事に。
決して、声…悲鳴か、嬌声か、誰かの名前か。いずれにしても私は耳にしていない…を洩らすまいとしてか、彼女の唇は固く引き結ばれている。
煌々と照らされた灯りの下、自分が一体どんな姿で、何をされているのか知るのを恐れるように閉じられた眼。
でも耳は塞げない。手は私が押さえている。
だから私は時々わざと、音を発てるように彼女を揺する。彼女の手を導き、彼女の手で彼女の核心に触れ彼女の体を弓なりに跳ねさせる。
何所を触れると、どうなるのか識らせる。
彼女が、忘れようとしても決して忘れない様に。
数刻前。
天帝府から戻って来て、自分のフラットのドアを開けるのを私は躊躇った。フラットの中。フラットのバスルームに居る彼女が、死んでしまっているかもしれないという期待にも似た不安。
箱の中に閉じ込められた猫は生きていると同時に死んでいる。
猫が生きているか死んでいるか知るためには箱を開ける事。
観察者が見ない限り、生死を知る術は無く、猫の状態は確定しない。
シュレディンガーの猫、と言ったか…ガイガーカウンターに反応があったら猫とともに箱の中に有る毒ガスの発生装置が瞬時に作動する、あの気味の悪い思考実験は。
私は、箱を開ける者になったようだ。
もし、ドアを開けて、「やはり」と…彼女が死んでいれば私は落胆するのだろうか。生きていたら、安心するのだろうか。
あるいは、逆なのかもしれない。
死体を確かめて安堵し、生きている彼女を見つけて落胆する?
シェバトで対峙した彼女が、今まで私が任務で手に掛けて来た者たち違うのは確かだ。
私の『任務』の現場や手にした血を吸ったばかりの太刀を見た者。彼らの殆どの反応は様式的なほどパターン化していた。
恐れをなして、逃げようとする者。
命乞いをする者。
嘆き、諦める者。
太刀よりも有利と普通なら思う、銃や飛び道具、何らかの武器を手にしている者は私を返り討ちにしようとする。
任務なら私は彼らを殺す。女、子供でも殺す。
斬られれば痛い。
自殺願望者でない限り、死ぬのは怖いし嫌だろう。
だから、せめて痛みを感じる前に、疾く死ねるように、私は斬りつける。
そうすることで私はソラリスで生きる事を許されて居るからだ。愉しんで殺した事は、無い。
だが、シェバトで出遭った彼女だけは異なっていた。
対峙したとき、彼女は武器らしい物を手にしていなかった。
それなのに逃げず、諦め命乞いをするでも無く。
私に立ち向かい、戦った。あの時、彼女が拾って手にしていたのが小さなガラス片でなく、深く斬りつけられる刃物だったら。
私に傷を負わせるだけでなく、命を奪っていたかもしれない。
いつものように、現場で…シェバトで彼女を斬っていたら。
彼女が、ユイ・ガスパールがファイルに載っていたから。
彼女のような手練れが身近に居たら、怪我を負うかもしれないが決して退屈せずにすみそうだと。
ソラリスに連れかえらなかったら。
こんな期待と恐怖がないまぜになった、奇妙な苛立ちや焦りで心を乱される事は無かったはずだ。
いや、それ以上に…私は何故、彼女を斬らない?
斬れない?まさか。
言葉をかわして情がわいた、敵とはいえ寸鉄を帯びない者を斬るには忍びない、ということでも無いはずだ。
むしろ、敵であるはずのソラリスの中に捕らえられていて、いつでも殺されかねない場所に居ながら。少しも取り乱したり、私や周囲のソラリス人に媚びを売ったり取引を持ちかけ哀願する様子も無い。
感情を決して読ませまいとするような、静かな表情を常にまとっている。
ソラリスでは『人』ではなく『所有物』なのだということや首輪が付けられている事を知った時もさほど態度は変わらなかった。服を引き裂き、バスルームに繋いだ時はさすがに抵抗したが…恐れも畏れもしない。
憎たらしいくらい、毅然としている、捕虜らしくない捕虜ユイ・ガスパール。
あの年若さでここまで『出来た』そしてまだ伸びる余地の在る工作員だと、殺してしまうには惜しいと思う。だがこれ以上、手元に置くにはリスクが大きい。
洗脳して損なわせるには惜しい才覚。
シェバトの工作員でありながらシェバトの事は好きではないと言う彼女の価値観。醒めた目。
私とほぼ対等の戦闘能力を持ちながら、異なる価値観を持つ彼女と相対する時。
シェバトの時と同じかそれ以上の緊張と集中力を必要とする。同時に、鏡に映った自分に対して問答をし、普段は無意識のうちに抑え、ひた隠しにしている本心を彼女の口から語られ、明らかにされるような恐怖…。
恐怖?
ばかばかしい。
相手は女子供で、危害を加えることは愚か、抵抗も出来ないように繋いで体力を極限まで殺ぎ落としている。そんな無抵抗の相手を畏れている?
私が『誰か』の気配を怖れたのは過去の事だ。
暗闇。空を切る鞭の音。肌をまさぐる冷たい手指。衣服を剥がれ『それ』を強要される事…。
全く、ばかばかしい。遠い過去の事を想い出すなんて、どうかしている。
照合用のドアパネルに手をかざす。
ロック解除。
バスルームから水音が微かに聞こえる。平坦な音。
ガラス戸を開けると音と共に、熱帯のような粘つく湿気と熱が籠もっている。バスタブの中には出ていった時と同じ姿勢で繋がれているユイ。身につけている服は湯を吸ってベッタリと重く彼女の肌に張り付いている。
肌に張り付き、拘束具のように傷は付けないものの、動きを制限する服。
常に浴びせかけられるシャワーのせいで、眠ることもままならない。
人の気配を感じて、のろのろと彼女のうなだれていた顔が上がる。滴のついたまつげの水滴を振り落とそうとするかのように瞬かれる眼。
私が彼女にした事を非難したり誹るわけでもなく、私の言動を待つような静かな、眼。
彼女を捕らえ、繋いで、閉じこめて。
なのに、彼女に囚われているのは私の方なのかもしれない。
不安、苛立ち。
ふとした暇には彼女の事を考えている事が殆ど。
常に誰かの事ばかり考えて、心を乱される。
憎悪に似た感情。
もう一つ、そういった感情があったような気がする。
私には最も疎遠な名前を持つ感情が。
彼女に対して私が抱いているこの苛立ちと不安の原因。感情の正体が一体何なのか、知るために。
水が溜まらないように、排水口が開けられたままのバスタブの中へ腕を伸ばした。シャワーの水音が変わり、服が濡れるが構わない。
慎重に彼女の腕の縛めを解く。
露わになった肌に触れる。
止まらなかった。
私の内の苛立ちが納まるまで、止めようとも思わなかった。
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[Title] EngAGE
[Post Script]
『LinkAGE』という相補パーツを作成予定だったものの「この調子でパーツを作成していったらキリが無い」という理由で作成中止。
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