蒼い
アルミニウムの
破片のような
輝く翅(はね)の
蝶が
滴を吸いに
舞い降りる
「私たちは希んでこの身体になったのですよ。あなたは?」
イヤな響き。
外装が剥がされ、メタルブルーの内部が晒された人機一体型のギア…パーソナル・コードは『天逢』だったか…から送信された言葉。
のっぺりとした、ギアハンガーの白色光に照らし出されたギアのメタルブルーが、わたしは嫌いだ。
イヤな事が。
以前、遠い昔に有ったような気がする。
目眩。
定期メンテナンスの帰り。エレメンツのブリーフィングまでもう時間がなかった。近道をしようとして通ったギアハンガーで問われた。
電子の、機械言語。
音では無い。
「何?」
振り仰いだ先にはメタルブルーの、内核が剥き出しの頭部センサー群。
「あなたも我々と同じ、脳と一部の神経系以外の身体は作り物と見受けますがどういった事情でそうなったのか、興味が湧きまして」
「昔のことは…憶えていない」
「ははは…それはイイ。
それで、あなたはその『殻駄』で満足ですか」
メタルブルー。
蒼い、金属。
目眩がする。
「他者にモノを訊く時は…自分の方から語ったらどうだ…」
「や、失礼失礼。
どうにも我々には理解しがたいのですよ。せっかく機能拡張が自由な状態に置かれているのに、ただの人間と同じサイズ、同じパワー、同じスペックの『殻駄』のままでいる貴方のことがね。エレメンツのトロネさん」
「わたしにはギアと一体になろうと…希望してそうなったというおまえたちの方が理解しがたい…」
わたしは…望んでいたか?
望んでいたのか…。
「このまま放っておけば、この子供は数刻以内に死ぬ。
ですが、アナタは救う事が出来る」
メタルブルーの、輝く翅(はね)の蝶々が床に飛び散った滴を吸いに舞い降りる。
眼が、渇く。
眩しい光。溶けた皮膚に刺さる。
閉じようとしても、瞼は無かった。溶けていて…。
奇妙な方向にねじくれて伸びて、溶けかかったわたしの手足に、蝶々が…。
声の主は見えない。
けれど、知っている。
ソラリスに住む者ならば誰もが知っている声。
「アナタはこの哀れな、猛獣の餌にされてしまったラムズの子供に新しい身体を与え、命を助けられる。
助けてやったらどうです?ニコラ博士」
施設の…『動物園』呼ばれる場所だったか…。
地上にはいかに危険な生き物が居るかという実演の…。
蝶々に悪意は無い。
ただ、水と糖、ミネラルを必要としている。求めている。
水分に寄って来る。舞い降りて来る。
わたしを吸いに来る。
わたしの血を、体液を、溶けた身体を。
メタルブルー。
メタルブルー。
メタルブルーは嫌いだ。
思い出したくない事を想い出させる。
わたしはメタルブルーが嫌いだ。
「わたしたちは耐え難かったのですよ。
事故で半身不随。これからの一生を車椅子や義肢でようやっと人並みの生活をする、なんて。
そんな生活を送るくらいならとっとと不格好で不便な『殻駄』なんて棄てて『力』を思うままに振るえるギアという『殻』を得たいとね」
「…人間として幸せになりたいとは思わないのか?」
「人間的な幸せ、とは何です?
愛?家族を得る事?子孫を遺す事?
性的な事も含んだ各種『快楽』?」
こいつとはもう話したく無い。
けれど、電子の機械言語がわたしの機械の部分に流れ込んでくるのを、抑えられない。
『天逢』の言葉が続く。
「そんな下らない幻想。
今の『殻駄』なら、いくらでも純粋な、望むまま、ありとあらゆる種類の『幻想』が手に入ります」
冷たい手術台。
血の代わりに電子と光子が通う身体。
冷たく重い身体。
動かなかった。
動けなかった。
寒い。
とても寒い…。
「おいで。そこは寒いだろう?」
首を動かす事も出来ず、視線だけで声のした方を見遣る。
手を差し出している人が、四角く切り取られたような。
出口に立って居るのが見えた。
傍らに耳が長い亜人の子供が居た。
「うごけない」とようやっと口にすると
「君は自分で此処へ来れる。そこにそのまま居る事もできる。
好きな方を選びなさい」と言われた。
冷たくて暗い手術室がイヤだった。
メタルブルーの機械と器具。
何時間かかったのか憶えていないけれど。
『殻駄』を僅かずつ動かし、手術台から音を発てて転げ落ちた。
カシャン、という軽い音。
亜人の少女が「助けてあげて」と悲鳴を上げた。
あの人は手を差し伸ばしたまま。
入り口の敷居を踏み越える事は無く、待ち続けた。
ほんの数歩分の距離。
だけど、わたしは果てしなく遠くに感じられた距離を。
じりじりと、這いずってようやく伸ばされた手をとった。
「もう独りじゃないよ」と亜人の少女が泣きながら助け起こしてくれた。
暖かかった。
その時、わたしは欲しかったモノを確かに手にした。
『天逢』の言うように、幻想なら。
暖かいモノを求めるわたしの心…エレメンツの皆と居たい、あの時手を差し出してくれた閣下の為に何かをしたい、役に立ちたいという感情や想いも幻想なのかもしれない。
だからこそ。
「わたしは無限の、好きなような『幻想』を得られる身体よりも、多少不便かもしれないが人間として…あくまでも『一機』ではなく、『一体』でもなく、『一人』として現実に身を置きたい。
だから今の『身体』でいい。
満足している」
「ははは…
生きながら猛獣の餌にされ、虫に体液をすすられる苦痛な記憶をも共にしてですか」
「キサマ…わたしをスキャンしたな…」
「失礼。
興味深かったモノですから。メタルブルーのキーに辿り着くまでが大変でしたよ」
「下らない事に時間をとらせるな。
だが…忘れかけていた事を想い出させてくれたことには感謝する」
踵を返して、エレメンツのブリーフィングルームに向かう。
ドアを開ける。
四人分の視線。
「メンチ、時間かかったの?」
「それを言うならメンテ、ですわセラフィータ」
大丈夫なのか、と無言で問うてくるドミニアに。
「ちょっとその…眼の調整に手間取って…済まない」
目眩はもう感じなかった。
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[Title] Trans-Am[Khmix]
[Post Script]
ソニーのMDウォークマンのCM見ながら書いたような…。
蝶は南米あたりのモルフォ蝶。ビバ構造色!
タイトルはBGMにしてた『アーマード・コア』のサントラ。プロジェクト・ファンタズマのエンディングだったとうろ覚え。
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