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23=23
23→1.23







 手段の為には目的を選ばない男だった、という師匠の言葉を私は忘れるべきでは無かった。
 以前目の当たりにしていた、というのに。



「君のアプローチの仕方がユニークなのは知っている。ギアの研究をしたいという熱意もわかった。
 各種パーツのダウンサイジングによる義肢への応用、人工機器と有機体神経系への直接接続という技術はこれから先、必要にもなるだろう」
「では…」
「だが、研究の為だけに優秀で有望な技術者をソラリスの外へ出すという事は認められない」


 当時の私は義肢の研究をしていた。
 義肢だけでなく、欠損した人体のパーツに替わる人工の機器全般。
 病気、事故などで各種の部分を切除したり失った場合、それに替わるパーツが必要だ。
 以前から行われてきた別個の遺体などからの移植、体細胞から作った胚からの誘導によるパーツのクローニング。

 だが、前者には免疫系の『拒絶反応』という問題があり、後者には『拒絶反応』という問題が無い代わりに使える段階まで育てる手間と時間のコストという問題が有る。
 人工の機器にはどちらの問題クリア可能だが、性能の良い物の開発と神経系へのリンクという問題が残されている。
 性能の良い物を探していくうちに、私は人間や動物の様な形状や働きをしている機械…ギアに眼がいくようになった。

 ギアのような、なめらかで細やかな動作。強力で耐久性の有るパーツに。

 問題は人間に取り付けるには大きすぎる、という点だけ。
 私は義肢の研究と共に、ギアの構造の研究も並行して行うようになった。

 地上には、ソラリスの外には我々の思いもよらない形状のギアが未だに発掘される事があると聞き、それを直接誰よりもいち早く眼にしたくて私はソラリスの外に出ること…地上へ降る事を申請した。
 そして研究機関を統轄する、最高責任者…カレルレン閣下から直接下された否定。

「理由は?」
「ガゼルの君は知っている通り、外は…地上は危険で野蛮だ。
 軍務経験の無い君を単身、派遣するわけにはいかない…だが、それでは君も納得しないようだ」

 ついてくるのが当然、とでも言うかのように執務机に着いていた彼は引き出しから取り出した短剣を手にすると部屋を出た。
 ついて行った先は『動物園』だった。


 地上がいかに危険か、というのを見せるための箱庭。


 作り物の箱庭でサンプルが少ないとは言え、本物の動物や植物が配置されている。
 足りない分…空を飛ぶ鳥や虫、小川に見立てた幅広の溝を流れる水や茂みなど…は本物と同じように動き、反応するように設定された立体映像が補足している。

 『危険・関係者以外の立ち入りを禁ずる』と警告の書かれたドアを開き、箱庭の中に足を踏み入れる。

 歩みを進めるたびに目に入る葉、メタリックな青い欠片のような蝶の群れを映像だと知っていても払いのけずにいられない。質量さえあると錯覚してしまう、恐ろしくリアルな映像。
 木に見立てた柱に映し出された映像、まばらに置かれた本物の木。
 その上、暑い。設定時間は真昼だ。

「どうした?
 地上でこのような場所まだ良い方だ。少なくとも水は得られるのだから」
「このようなマヤカシを見せるために私を動物園の中に入れたわけではありますまい」
「当然だ…ニコラ博士はヘビを見た事が?」
「ありますが…それがどうか?」
「熱帯に棲息するヘビにアナコンダのような体長が10m以上のものがいる。ヘビだけでなく、ワニやオオトカゲいった巨大な爬虫類。うっかり連中のテリトリーに入り込んだりすると厄介な事が起こる」

 知ってはいる。

 地上で大型の爬虫類はラムズの家畜…山羊や豚、牛も…空腹時は襲うと。
 具合が良いからか、それとも人間と違って熱を感知する能力を持つヘビだからこそリアルな映像に惑わされないのだろう。アナコンダが一匹、映像の小川の中に居た。

 ヘビの様子を確かめる。
「ふむ…約2時間、か…」
 何が2時間、なのだろう?といぶかしむ間に、カレルレンはヘビに近づく。
「…閣下!」
「どうした?何を怖じ気づいている」
 何故かじっとしたまま動かないヘビの頭を彼はいともたやすく手にした短剣で刎ねる。

「餌を与えた直後だと、テリトリーに入ってもおとなしい…この程度でうろたえているのか、ニコラ博士?」
「まさか」

 そう、血や肉なんて病院で見慣れている。

 映像の水が流れている川辺に、映像の蝶が舞い降りてくる。偽物の水と本物の血が混じった液体を吸う。
 カレルレンはそういった奇妙で気色悪い映像には目もくれず、殺したアナコンダの腹部を切り裂き中をまさぐっている。
 むせるような、錆びた鉄を思わせる、血の匂い。
 ヘビから、何かの塊を取り出してカレルレンは床に置いて言い放った。

「このまま放っておけば、この子供は数刻以内に死ぬ。
 だが、ニコラ博士。アナタは救う事が出来る」



 子供?



「アナタはこの哀れな、猛獣の餌にされてしまったラムズの子供に新しい身体…義体を与え、命を助けられる。
 助けてやったらどうです?ニコラ博士」

 骨折し、千切れかかりねじくれた四肢。
 消化液で溶けかかった表皮。瞼が溶けて剥き出しになった眼が、微かに動く。

「私のラボとスタッフを使って構わない。この子供をなおす事が出来たら地上へ6年間、派遣しよう」
 カレルレンがバルタザール師匠の言うように『手段のためには目的を選ばない男』ならば、当時の私は『目的のためには手段を選ばない男』だった。

 映像の蝶が、溶けた子供に蒼く煌めきながら降りてくる。
 たかっていた蝶を追い払い、私は子供を…大方、地上がどんなに危険か見せるためのデモンストレーションでもやったのだろう…半ば溶けかけた肉塊をそっと抱え上げた。


 なおすために。


 子供はなおった。
 私は地上へ派遣された。


 出自を秘してバルタザール師に師事し、名前を継ぐことを赦されるまでの時間が飛ぶように過ぎた。
 ただ、地上に降りている時間が6年と限定されていたのに私は地上人の妻を娶った。
 ソラリスへ戻る事はもうどうでも良いと思うようになっていた。
 気がかりだった妻子の安全を考え、師の勧めもあって新しく設計したギアと共に妻子をシェバトへ送った。


 幸せだった。


 数日前、ソラリスの艦隊がシェバトを包囲するまでは。
 軟禁され、『守護天使』がシェバトに降り…頑健さではソラリスに勝る防御力を誇るシェバトのゲートを易々と越え、ただ一人でシェバトを血で染めるのを目の当たりにさせられるまでは。


 それまでは本当に、幸せだった。


「ソラリスへ戻りますか?ニコラ博士」
 モニターの前に固定された椅子に座らせてゲブラーの士官が問う。
 強制するような口調ではない。別に拒否しても良いのだと言いたげな問い。モニターにはシェバトにおける守護天使の働き…戦闘ではなく、ただの殺戮だ…が写っている。モニターの隅には『LIVE』の文字。
「…る」
「良く聞こえませんが、博士?」
「ソラリスへ戻る!だからあの殺戮を止めてくれ!」

 士官は私の真後ろに居るため、どんな顔をしているのか。私には伺い知れない。通信機に向かって士官が「博士は承諾しました」と手短に連絡しているのが聞こえた。

 モニターから悪夢のような殺戮が消えたのは1時間後。
 短いようで、長いその間。


 妻を喪う事で、私はソラリスから逃れられる絶対に安全な場所など何処にも無いと知った。

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[Title] AXON

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