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Blood and Tide





 頭と体、それぞれを指で押さえて、一気にねじる。そのまま、棘だらけの殻を一枚ずつ器用にしかも機械のように速く剥いていく彼女の指先を僕は見ていた。


 見とれていた、というのが正しいのかもしれない。
 あっというまに殻を剥かれたトラエビが、彼女の指先に乗っていた。極上の瑪瑙のような剥きエビが彼女の口に消える。
「・・・見ていないで、食べたら?」
 彼女が眼で促した先には氷水が満たされたボウルが在って、その中に浮かんだ少し小振りのボウルでは先刻、殻を剥かれて彼女の口へ消えたのと同じようなエビが盛られていた。
 トラエビ、という名前で呼ばれているらしい。
 名前の由来は小振りな体にしてはノコギリの刃のような棘が頭に、そして殻の縁がこれまたノコギリのようにとげとげしいためだろう、と彼女は言った。
 僕自身は殻に描かれた鮮やかな赤い色がにじむような美しい縞模様を作っているせいではないか、という気がする。
 つい数時間前までは海の中を泳いでいたエビがボウルに盛られている。当然、殻が付いていて、しかも・・・。
「コレなんか、元気がいいみたい」
 飛び跳ねたエビが、ボウルの外へ出ていた。
「・・・死んでいるのは無いかな?」
「生きているのを殺して食べるから美味しいの」
 咲き誇る薔薇の花を『綺麗』と誉めた時と何ら変わらない口調で彼女は言った。
 飛び出していたエビを捕まえ、頭をもぎ取る。躊躇いの無い、流れるような手つきで殻を剥ていいく。
「かわいそう、だとか残酷だ、と思わない?」
「どうしてかわいそうだとか残酷だって思うの?」
 問い返される。
「生きてるだろ」
「どのみちこのままだと死ぬよ。死ぬか殺すかの違い。
だったら美味しく食べてあげるのが食べられるために死んでくれるトラエビに対する礼儀ってものでしょう?」
「君は・・・女だろ」
「だから?」
「少しは躊躇ったりしないか?『生きているのを殺して食べるなんて野蛮だ』とか『かわいそうだから海に帰しましょう』とか」
「そう言って、躊躇って少しはかわいげのある所を見せて欲しいの?」
 
「あいにくだけど、私、『かわいげ』ってものが・・・『センチメンタル』なんて感情は無いの」
「だからあんなプロジェクトを提出したのか?」
「そうかも、ね」
「君自身がシステムにリンクしてシステムの中を『掃除』するのとはワケが違うんだぞ」
「私一人でやるか、私と私のクローン達がやるかっていうだけの違いよ。電子的にクローンを作ればシステムの容量を過大に使うなら、物理的にクローンを作るっていうだけの事・・・。
 何をそんなに感情的になっているの」
「どうしてそんなに冷静なんだ?」
「誰かがどのみち手を下してやるなら自分でさっさとやってしまう、ただそれだけのこと・・・どのみち、CH.netシステムはもう限界よ。広すぎて私一人がダイブしてメンテナンス出来ない。
 なのにシステムには私一人しかガード登録はされていない。ガードのトレーニングとシステムへの組み込みに割けるコストは無い。予算も、時間も。
 私はベストではないかもしれないけどベターな方法をプロジェクトとして提出しただけ」
「倫理はどうなる?医療倫理規定は?」
「最初のクローン・・・ドリーだったっけ?羊だっけか?ドリー以前から小説家、映画監督、クリエイター達が作品の中でクローンや様々な技術に関してシミュレーションしてきた。
 ただ、殆どの人間は『いつかは開発される技術かもしれないけど所詮作り事だから』って思っていた。
 でも、ある日いきなりクローンが出来てしまって・・・ドリーが世界中のモニターに写って・・・そうなってからようやく、みんなクローンや何かの倫理に関して考え始めるフリはしたよ。
 すぐに『今はまだ結果を出すべき問題では無い』だの『誰かが、どこかの教授とか医療関係者が考えるべきだ』ってあっという間に忘れて・・・問題を先送りにしただけ。
 でも、技術として在るなら、私はそのことも考慮してプロジェクトを現場の者として立てて出した、それだけ・・・さっきから何をムキになっているの?」
 決して、彼女自身が幼い訳ではないのに、子供のように無邪気な笑みを浮かべて。
 何だって彼女はこんなにも無邪気で、生きているエビを躊躇い無く殺して食べるくらいに残酷で、優秀なシステムガードで・・・どうしようもなく魅力的なんだ?
 話している間も彼女はトラエビを剥いて小皿に盛りつけていく。
「せっかくのごちそうなんだから、今は仕事の話は無しにしましょう・・・で、食べないの?」
 小皿に盛られたエビを指した。
「剥いてあるよ」と。
「・・・いただきます」
 箸でつまんで口に入れたエビは、スシ屋で食べる物のように口の中で溶けたりしなかった。僕は弾力のある身を噛みしめる。
「・・・うまい・・・」
「でしょう?殺して食べるってそういうことよ」
 彼女の笑みが、途中で凍った。
 彼女の手の中で跳ねたトラエビが、ボウルに落ちる。頭部の棘でか、殻でか傷ついた彼女の指先から血が滲んでいる。
 僕は血を拭い取ろうとナプキンに延ばされた彼女の手を捕まえると指を口に含む。血と海水の味がした。
「ちょっ・・・何てことするっ!」
 抗議の声は無視して、僕は彼女の指を味わう。
 潮と血の味。
 エビを殺し、CHnetシステムを『活かす』指を。



 数日後、倫理関係の問題で通らないと思っていた彼女の提出したプロジェクトは、極秘裏に発動することとなった。