昭和46年7月下旬
小学校の夏休みが始まったいよいよ真谷地に行くのだ。
片道2時間も路線バスに乗るのも炭砿町に行くのも初めての体験。
どきどきしながら札幌大通11時発の真谷地行き夕鉄バスにさっそうと乗り込む。
本当は野幌から夕鉄の気動車で鹿の谷まで行きたいのだがもう既にほとんどの列車が栗山折り返しになっていました。あとで知る事になるが真谷地と沼ノ沢、清水沢には路線バスがそれなりに数本走っていたんですね。 でも、小学生の私は時刻表に出ていた夕鉄バスの
札幌発 11:00 → 真谷地着 13:05
真谷地発 14:40 → 札幌着 16:45
この一往複しかないと信じていた下調べの悪い計画行動でした。
順調に定刻通り札幌大通を出発したバスは途中、菊水上町の夕鉄車庫近くを過ぎ東札幌駅構内を右下に見ながらバスは進んで行きます。途中自宅近くのバス停にも止まりました、なんの事はないそこからも乗車出来たのである。 本当に下調べの悪い小学生であった。
夕張市内の平和、清水沢と進むと車窓の景色が何とも言えない、住宅が山の斜面にひな壇の如く並んでいる。
始めて見る町並みにもう夢中で右左と座席を移り窓に顔を寄せる、近くの席のおばさんが、
「あんた、どこで降りるの?」
「まやち、、」
「したら終点だ、大丈夫だよ」
どうやらどこで降りるのかわからなくなった子供に見えたらしい。
いくつかの小さな集落を過ぎると左の窓から入れ替え中のSLが見えてきた。

バスの窓からシャッターを切る。カメラはハーフ、フィルムはネオパンの白黒である、、、、。
まあ、とにかくこれが最初の入り口である。書店での立ち見、図書館で見た写真集の光景が、
今自分の目の前で見える。鉄の焼ける匂い、煤煙の風、炭殻の混ざった道、山に続く炭住街、
D51やC62ではない
のNOプレート何もかも始めて見る物ばかりに感動が全身を震わす。
可笑しな小学生である。

ほとんど何も写さずに構内の入れ替え作業に見とれている
うちに24号機は沼ノ沢駅に向けて行ってしまった。
通過際に機関士が軽くポッと汽笛を鳴らし手を振ってくれた
元気良く手を振り返すとまた小さくポッと鳴らしてくれた。
いい所だなあと思う。
このまましばらく付近を歩きたいが帰りのバスは14:40である、小学生の帰宅門限は17:00。
また近いうちにこようと一人心に決める。
バス料金 札幌から片道230円、帰り210円と内緒の小遣い帖に書き留めてあった。