kageura_title.gif (5562 バイト) 

年表 逸話 打撃成績 投手成績 好敵手 猛虎成績 戦友 戦友成績 掲示板 リンク


sawamura.jpg (7667 バイト)

好敵手:最大のライバルである、

巨人の伝説的エース沢村栄治との対決を取り上げる。


昭和11年(1936)

記念すべき日本のプロ野球最初の年。沢村は阪神-巨人全8戦の内、7試合に登板(6試合が先発)し、4勝3敗と全ての試合の勝敗に絡んだ。

第1戦

対戦日 対戦球場 試合結果
9月25日(金) 甲子園 阪神0−1巨人
景浦成績 5番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
31
二人の初対決は沢村の日本プロ野球界最初のノーヒットノーラン。沢村の圧勝に終わる。ここから、二人のライバル対決が始まった。

第2戦

対戦日 対戦球場 試合結果
11月3日(火・祝) 上井草 巨人1−4阪神
景浦成績 5番投手ー三塁 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
41 10
景浦は二塁打一本放つ。投手としても先発して3回を1失点に抑える。前戦の雪辱を果たす。

第3戦

対戦日 対戦球場 試合結果
11月23日(月・祝) 甲子園 阪神2−7巨人
景浦成績 5番三塁 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
35
またも沢村の前に沈黙。

第4戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月1日(火) 洲崎 巨人1−2阪神
景浦成績 5番投手完投勝利 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
35
両者が先発投手として2度目の対決。お互いに完投を果たし、奪三振5・被安打3と互角の投げ合いとなるが、景浦自身の打点が勝利を引き込む。

第5戦:昭和11年度優勝決定戦第1戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月9日(水) 洲崎 巨人5−3阪神
景浦成績 5番投手完投敗戦 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
36 10 11
両者が先発投手しての優勝決定戦第1戦。沢村の被安打10に対して、景浦は被安打6自責点1と好投するが、打線の援護がなく敗戦投手に。阪神の得点は全て景浦のバットによるもの。また、沢村からの初HRも放っている。二塁打も1本放っている。

第6戦:昭和11年度優勝決定戦第2戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月10日(木) 洲崎 阪神5−3巨人
景浦成績 5番三塁 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
27
優勝決定戦の初戦を落とし後がなくなった阪神は執念で沢村を初めて途中降板させ、対戦成績もタイに戻し最終戦に望みを繋ぐ。

第7戦:昭和11年度優勝決定戦第3戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月11日(金) 洲崎 巨人4−2阪神
景浦成績 5番投手-三塁敗戦 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 交代完了勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
19
阪神は巨人の先発前川を責め2点を先取するが、5回から登板した沢村を責めあぐねて逆転負けを喫する。一方、先発した景浦は4回を4安打自責点0と好投するも、失策による失点によって敗戦投手となり、記念すべき日本のプロ野球初年度の優勝を逃してしまう。

昭和12年(1937)春季

日本のプロ野球2年目。前年は巨人沢村の前に屈し優勝を逃した阪神は、シーズン前のキャンプにおいて、プレートの1メートル前から全力で投げる球を打つという沢村攻略の秘密練習を行い、打倒沢村、打倒巨人、そして念願の年度優勝を胸にシーズンに臨んだ。

第8戦

対戦日 対戦球場 試合結果
4月10日(土) 甲子園 阪神3−4巨人
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 交代完了勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
62/3 24
巨人先発の前川を責め3点を奪い3-2とリードした所で沢村がリリーフ。後続をピシャリと抑えられ、延長12回の末に逆転負けを喫する。

第9戦

対戦日 対戦球場 試合結果
4月11日(日) 甲子園 巨人2−7阪神
景浦成績 4番右翼-三塁 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 交代敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
10/3 10
先発スタルヒンを打ち崩し、沢村を引きずり出した阪神は、前日の雪辱を晴らさんと沢村を責めノックアウトした。しかし、沢村の自責点は0.

第10戦

対戦日 対戦球場 試合結果
5月1日(土) 洲崎 巨人4−0阪神
景浦成績 5番先発投手-右翼敗戦 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
30 11
両投手の先発で始まったが、沢村は初対決の時に続くノーヒットノーランを達成。やはり阪神の沢村に対する苦手意識の克服は出来ていなかった。

第11戦

対戦日 対戦球場 試合結果
5月29日(土) 西宮 阪神0−7巨人
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
32
連続完封を食らう。この頃の沢村は手を付けられない状態であった。しかし、阪神は巨人戦以外の対戦で確実に勝ち星を挙げ春季の優勝に一番近い位置をキープしていた。

第12戦

対戦日 対戦球場 試合結果
5月30日(日) 西宮 巨人3−6阪神
景浦成績 4番右翼-投手交代完了勝利 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 交代完了 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
12/3
互いに途中から登板したこの試合。景浦は二塁打を一本放っている。この対戦の後頃から調子を崩した阪神は首位の座を巨人に明渡し、春季の優勝を逃してしまう。

第13戦

対戦日 対戦球場 試合結果
6月26日(土) 洲崎 巨人5−3阪神
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
34
沢村はこれで阪神戦での先発した試合は3連勝。またも自責点は0.景浦を始めとする阪神の打線は完全に沢村に抑えられっぱなしであった。

第14戦

対戦日 対戦球場 試合結果
6月27日(日) 洲崎 巨人1−0阪神
景浦成績 4番右翼-投手交代完了敗戦 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
12 39
先発し延長12回を無失点で投げきった沢村。5回から12回までの8イニングを投げきった景浦。両者の見事な投げ合いによって、素晴らしい引き締まった試合になった。結局は春季優勝を巨人に奪われ、また沢村攻略も果たせなかった。

 

昭和12年(1937)秋季

キャンプ中の沢村対策も実らず、春季は彼に完全に抑えられた阪神打線。必勝を期して臨んだ秋季。ここでも巨人は阪神戦に沢村を先発でぶつけるローテーションを繰り返す。

第15戦

対戦日 対戦球場 試合結果
8月29日(日) 西宮 阪神10−5巨人
景浦成績 5番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
41/3 25
春季に打て無かった沢村を秋季の対決初戦で打ちのめした。景浦自身も2本の二塁打を放った。この試合をきっかけに阪神は念願の沢村攻略を果たした。

第16戦

対戦日 対戦球場 試合結果
9月12日(日) 後楽園 巨人9−8阪神
景浦成績 4番右翼-投手交代完了勝利 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発交代 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
60/3 32
試合はシーソーゲームの末、延長10回に阪神が決着を付けたが、何よりも沢村を攻略したのが大きかった。また、景浦自身も延長10回1イニングをピシャリと抑え勝利投手になった。

第17戦

対戦日 対戦球場 試合結果
10月30日(土) 後楽園 巨人3−4阪神
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
39 10
景浦自身は無安打であったものの、阪神は完全に沢村への苦手意識を無くした。沢村を攻略した阪神は秋季優勝への道を驀進した。

 

昭和12年(1937)年度優勝決定戦

春季は完全に沢村の勝利。秋季は完全に阪神の勝利。こうして2年連続で優勝決定戦で顔を合わせた両者。前年の年度優勝を逃した阪神は、その雪辱を果たす為の執念に燃える。そして、二人の直接対決の最後を迎える。

第18戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月1日(水) 後楽園 巨人1−4阪神
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
36
秋季戦での勢いで優勝決定戦に臨んだ阪神は、この試合でも沢村から勝利をもぎとった。特に山口、景浦、藤井(勇)のクリーンアップが沢村を打ち込んだ。

第19戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月2日(木) 後楽園 巨人4−7阪神
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
39 13
前日の初戦に続いて先発した沢村を13安打と打ち込み、連日の敗戦投手に。この日の景浦は二塁打を1本放っている。

第20戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月5日(日) 甲子園 阪神5−6巨人
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発交代勝利 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
60/3 31
4日の第3戦でも勝利した阪神は、勢いに乗って4連勝での優勝を目指した。中盤にようやく沢村を掴まえてノックアウトしたが、一歩及ばず優勝決定は次の日以降ににもつれ込んだ。

第21戦

対戦日 対戦球場 試合結果
12月7日(火) 後楽園 巨人3−6阪神
景浦成績 4番右翼 打数 得点 安打 打点 三振 四死 盗塁
沢村成績 先発完投敗戦 回数 打者 安打 三振 四死 失点 自責
41
前日の6日は景浦が先発したものの11失点で大敗してしまい、決定戦の対戦成績が3勝2敗となったが、阪神打線は完全に沢村を攻略し優勝を決める。しかし、景浦は沢村を打ち崩せなかった。翌13年以降は景浦と沢村が互いにしばしば兵役にとられ、直接の対決は以降見られなかった。昭和18年7月6日(火)に西宮では沢村が先発をし、景浦は代打として登場したが、残念ながらこの時には沢村は既にノックアウトされていた。そして、昭和19年に景浦2度目、沢村3度目の応召。沢村は同年12月2日門司港からフィリピンに向かう途中、東シナ海で敵の魚雷を受け、27歳の若さで戦死した。そして、景浦は翌年5月20日フィリピンの戦闘において胸部貫通銃創により戦死した。享年29歳だった。

年表 逸話 打撃成績 投手成績 好敵手 猛虎成績 戦友 戦友成績 掲示板 リンク